西高生の放課後スポットの一つであるファミレス。
その一角に四名の男子生徒の姿があった。

テーブルに勉強道具を広げているところから試験前の発作的ともいえる学習意欲を消化するために集まったものと思われるが、当然のように話題は勉強と関係のない方へ向かっていた。

四名のうちひとりが窓の外を指して声を上げる。

「うわ。あの子、スタイルいい」

つられた向かいの生徒が窓の外に目を向けて見る。

「えー、おれはもうちょっとぽっちゃりしてるほうが好ましい」
「そういえばおまえデブ専だったな」
「デブ専って云うなっての。デブが良いんじゃなくて、おれがかわいいと思う子が痩せてないだけだ」
「じゃあさ、今道路の向こうに立ってる子は?」
「え、どれどれ?」
「髪の短い子」
「あー、あれは、まあ、アリかな」
「いやいや、どう見てもナシだろ!」

だいたい、こんなものである。
悪意などといった高等なものはこの際ほとんどない。

窓際で「アリ」「ナシ」判定ゲームを始めた二人の隣で、通路側に座る二人はそれぞれ別のことをしていた。
携帯の画面を眺めていた、どちらかといえば夜毎ホストのバイトをしていそうな実は西高野球部のエースは、自分の向かいに座る、明るい色の髪をした男子生徒に目を向けた。耳にイヤフォンを突っ込んだまま、四人の中で唯一勉強を続けている。


モ モ イ ロ ・ ス コ ー プ




「なあ、ひめ?」
エースは声をかけてみた。音楽のせいか集中力のせいかすぐに返事は無かった。呼びかけというよりは視線に気づいたひめかわは「んっ?」と目を見開いてイヤフォンをはずす。
「さいきん、どうした? ひめ」
ひめかわは質問の意味が分からず素直に首をかしげた。
「どうした、って?」
「おれの推測だけど、ひめ、本当に好きなやつができたっぽい」
数秒の沈黙後、がばっと赤い顔をテーブルに伏せて「なんでそんなこと云うんだっ」と叫ぶひめかわに「アリ」「ナシ」判定ゲームをしていた二人も反応する。
「……ひめってさ、すっげえ分かりやすいよな」
「うん、ぜったいに嘘吐けないタイプ」
ううう、と唸りながらひめかわは顔を上げる。ますます赤くなっている。
「ほら、肯定だな」、エースは嫌味ではなく純粋に自分の推理が当たったことを喜んでからかった。

「そっか。有坂をふったって聞いた時は何事かと思ったけど、そういうことか」

有坂というのは、ひめかわの前の彼女だ。
四ヶ月ほど前のバレンタインデー当日、学校に着くなりひめかわが有坂を呼び出して別れを告げたという衝撃エピソードは当時に比べればずいぶんと落ち着いたがいまだに賛否両論の対象だ。あの頃は学年の壁を越え、ひめかわ派と有坂派に割れた生徒達の間で静かな衝突が水面下において一日に幾度と無く起こされたものだ。
そもそもふたりは付き合いだした頃から注目のカップルだった。
人気者同士の恋愛。
応援する者もあれば妬む者もあり羨む者もあり、ふたりは全校生徒からの視線を集めた。当人達はというと周囲が噂するほど派手でも過激でもないごく普通の地味で堅実で常識のあるお付き合いを続けていたが、その「何も無い」感じがかえって「本当は何かある」というイメージや憶測を与えてしまっていたのかも知れない。

「今だからこそ聞けるふたりの内緒話とか、ないわけ?」
ひめかわの斜め前に座っている同級生がテーブルに身を乗り出し、通りかかった店員が顔をしかめる。
保護者役であるところのエースが注意すると元の姿勢に戻ったが、目は変わらず輝いている。
「え、内緒話?」
「まあ、たとえば、そもそもひめと有坂って付き合うきっかけは何だったわけ?」
「……まあ、それは、あっちから」
ひめかわが最後まで云い終わらぬうちに同級生は、くううっ、と変な声を上げ大きく仰け反った。
数秒間溜めた後、起き上がりこぼしのように今度はぐいっと体を戻し、「ああ、それ、まじで羨ましいっ。健全で完璧なる理想の高校生活っ。悔しいっ。まあ、ひめだからぜんぜん良いんだけどっ」
「ん? なんだよ、おれだから良いってのは」
「え。ひめならなんか許せるってかんじ」
「そうそう、ひめってかっこいいし人懐こいし誰にでもやさしいし、自慢できるもんいっぱい持ってんのに鼻につくような自慢家じゃないし、ぼーっとしてても下からも上からも人気じゃん。それだけすっげえ恵まれてんのに、どっか可哀相っていうか」
「あー、わかるわかる。ひめは、何かが決定的に欠けてる。具体的に何がとは云えないんだけど」
「……おまえら、さっきからひとのことを本人前にして可哀相とか欠けてるとか云うなっ」
「ま、おれたちは、ひめのしあわせを願ってるってことだよ」
話をまとめるのはいつもエースだ。さすがエース。やはりエース。
「うっ……な、なんか今日のこれはあれか? おれをからかう会なのか?」
ひめかわが疑心暗鬼に陥り三人の顔を交互に見回す。

その時、店の入り口付近が騒がしくなり他校の女子数名がおしゃべりしながら入ってきた。
本人達は意識したわけではないのだが本能的とでも云おうか、なんとなく目がいってしまう。
中断されていた「アリ」「ナシ」判定ゲームが再開され、ひめかわはほっとした溜息をついた。ジンジャーエールをあおると気を取り直し、勉強に戻る。

「……ひめ、どうして今回本気なわけ? あ、勉強のことだけど」
ゲームに興じる二人を放ってエースが覗き込む。
「……今度の試験でおれが十番以内に入ったら、夏休みはベリベでバイトしてくれるって云ったから」
「ベリベってひめのおじさんとこの喫茶店? そこで夏休みバイト? ひめが十番以内に入ったら? ん?」
眉根を寄せたエースはクイズの答えを考えるように首をひねった。

その時、「アリ」「ナシ」判定ゲームで根本的に意見が対立していた二人が同時に「あー、あれはナシ」と声をそろえたのでひめかわが顔を上げると外の通りをオージが駅へ向かうところだった。

「いや、男だけどあれはまじでナシ」
「なんつーか、終わってる」

ああ、とひめかわは妙に納得する気持ちでふたりの批評を聞いていた。
そうか。最初はおれも、そう思ってたんだよな。
オージのことを何も知らない人から見たら、そうなんだよな普通は。

「めがね、すっげえ重そう。視力どんだけだよ」
「一言でいえば、ださい」

いくら仕方のないこととは云え、オージのことを悪く云われるのはひめかわにとっては辛い。
後先考えず、おまえらな、と立ち上がりかけたひめかわを制したのはエースの呑気な口笛だった。
「おまえら、可哀相だな」
「可哀相?」、窓際の二人はエースに不思議そうな目を向ける。
「そうやって、見落としてくんだろうな」
えー、と不満そうに、しかし不安そうに窓際のふたりはオージに目を戻す。
ひめかわとジャンルは違うがエースは主に年上から人気がある。告白してくる上級生も絶えない。しかも美人どころばかりだ。性格上、いい加減なことを云っているとも思えないし、発言が的を外すとも思えない。

ひめかわは神を見る目でエースを見た。

「誓って、あれは化けるだろ」

きらーん。

正解だっ、と飛び上がりたい気持ちを抑えてひめかわはエースの顔の前で両手を組んだ。
気が済んだらあとはオージオージ、と窓に顔がくっつかんばかりに身を乗り出すがその姿はもう見えなかった。
ひめかわに覆われてじたばたしていた同級生がまだ不思議そうな顔で「精進します」と呟いている。

エースはひめかわの今日一番の明るい表情を見た。
(……ほんっと、気持ちいいくらいにわかりやすいヤツだ)。
面白くて笑いを零すと、気づいたひめかわが「だよなっ、絶対そうだよなっ。おれもそう思ったっ」と感激で目を潤ませる。
そこでちょっとからかってみたい気分になり、
「うん。おれ好み。ダメモトで明日こくって来ようかな。制服、東高だったな」
と云った途端、でもそれはだめだっ、とひめかわの声が店内に響いた。
奥の席に座った女子高生が、店員に注意を受けたひめかわを見て、くすくすと笑う。



角を曲がったところでオージは首の辺りがざわつくような感覚を覚えて振り返った。
誰もいない。
(なんだ。ひめかわかと思った)。
自分の影が後方に長く伸びている。
誰も、いない。
オージはめがねの縁に手をあてる。
ゆっくりと、はずす。
曇っていた視界がひらける。
次の角を曲がって駅前に出るまでの数分間、このまま歩いてみよう。

鞄の中にめがねをしまうことはできなかったが、この日の夕刻の数分間、オージの瞳には確かに夕焼けが映った。


090606
そうかそうか。ひめの本命って、あの子か。 (byエース)