毎年7月7日、西高では、まるっと一日お祭りをやっている。
そんな七夕の日、オージが西高へやって来た。
まるっ。


セ ブ ン ス ・ パ ニ ッ ク




美術室。
展示パネルの横で廃墟行脚のエピソードを語るひめかわの周りには人が集まっている。
「七祭で展示できるなんて、幽霊同好会も成長したなあ。たとえ目的が別のところにあるのだとしても」
半ばひめかわ目当てに集まってくる生徒達に手書きの整理券を配布しながら、まこっちゃんは振り返った。

幽霊同好会が発足したのはまこっちゃんとひめかわが中学二年生の頃、つまり二人がまだ知り合っていなかった頃のことだ。当時の会長、すなわち一代目は受験勉強に専念することを理由として後輩のまこっちゃんにその座を譲った。と云っても会員は会長を除きまこっちゃん一人だったためまこっちゃんが残されたような状態だ。
次の年、まこっちゃんは「見える」性質を見込んでクラスメイトのひめかわに声を掛ける。中学校入学以来いじめられっ子だったひめかわは自分に話しかけてくれたまこっちゃんを以後慕った。ひめかわとつるむようになってからまこっちゃんも一部のクラスメイトに距離を置かれるようになったが、もともと集団が苦手だったまこっちゃんにとってはあまり苦ではなかった。むしろ意味の無い人付き合いに時間を割かなくて良いぶん自分は他より得をしている、と感じることがあるくらいだった。
当時はバイトが許されず旅の資金を調達しづらかった二人の活動範囲は広くて県内に留まったが、それでも週末や長期休暇を利用しての遠出は今でも良い思い出だ。親にねだって買ってもらったデジカメでぱしゃぱしゃ写真を撮り、帰ってからはどちらかの家でまとめて鑑賞会を行った。
……と、そんなことばかりしていたからもちろん勉強は手に着かない。ふと気づいた頃にはもう西高受験しか見込めなかった。

「……にしても、ひめのおかげだな、色々」
整理券を配り終えたまこっちゃんが感慨にふけっていると廊下の先が騒がしくなった。
なんとか教授の総回診か?
目を細めたまこっちゃんに向かって、人ごみの中から突然、東高の制服を着た男子生徒が突進してきた。
「あ、こんちはっ。東高の桐谷ですがっ。ひめ、いますかっ?」
おまえは洗剤のCM出演中かよ、とつっこみたくなるような、きらっきらの笑顔を浮かべる東高生。
いますけどなにか、と棒読み状態で答えたまこっちゃんの後ろから当のひめかわが勢い良く飛び出してきた。
「うおっ、ニコ、ひさしぶりっ」
「いたっ、ひめっ」
がし、と抱き合う二人の間に挟まれたまこっちゃんは、えいやっ、と抜け出して制服の乱れを直した。
「あ、まこっちゃん。こいつね、ニコ」
「……ああ。きみがニコ。ひめがなんか話してたっけな」
「仲良くさせてもらってます、よろしくっ」
初対面とは思えない懐こさでもって、へらりんっ、と笑うニコ。
(成長したのは、同好会だけじゃないな)、まこっちゃんも微笑み返した。
その時、ニコの周辺をきょろきょろしていたひめかわが突然奇声を上げる。

「オージ!」

制服姿のオージはしかしニコとは対照的にひめかわのハグをさっと脇へ避けた。
壁にぶつけて赤くなった鼻の頭をおさえつつもひめかわは嬉しそうにへらっと笑う。
「オージ、おれ、思ってた! 来てくれるって、思ってた!」
「……うっせえな。てか、七夕だから祭りするとかってほんとに高校かよ、ここ。祭り以外にすることねえのかよ」
片方の耳に指を突っ込んで騒音(ひめかわの歓迎)を遮りながらオージは別の方角を睨んでいる。
ぼさぼさの頭も厚いめがねも通常通り。
違っているところと云えば、心なしかレンズがいつもよりさらに曇っている。目の形もろくに見えない。
そんなこんな、今日も今日とてオージの武装に隙はなかった。
(人ごみの多い所や、新しい場所に行く時、オージの武装は度を増す)。
ひめかわがオージについて発見したことの一つだった。
「西高の七夕祭、わざわざ来てくれてありがとなっ」
オージが新しい場所に、それも人の多い場所に出向くには普通の人以上に決断が要る。
分かっていたから、ひめかわはそのありがとうに気持ちを込めた。
「……だから、それはニコが、」
「ありがとっ」
「……まあな」
二度目に関しオージはもう否定しなかった。
今日のオージ何だこれすっげえかわいってかなんだか今日いい感じっ、とうきうき気分なひめかわは心の中で「っしゃー」と気合を入れた。


一方、その頃。
2-Aの教室では、野球部有志による『ほくほくサロン』が繁盛していた。
サロンの仕組みはこうだ。
来店者は入口で黒スーツの受付係から番号札を受け取り、入店する。カーテンを閉め薄暗い状態に保たれた教室内は保健室から借りてきた衝立で六つに区切られ、各入口に一から六までの番号がふってある。どの部屋に部員の誰がいるのか来店者は知らされていない。来店者は自分の札にある番号と同じ番号の部屋へ進む。部屋の奥にはこれまたスーツ姿に扮した野球部員が椅子に腰掛け、向かい合った椅子に来店者が座ってから一分間、とにかくぶっちぎりに相手のこと褒めまくる。
という、云ってしまえばただそれだけだ。
が、これが意外なほど好評で、教室の後ろから出てくる生徒達の顔はどれもこれもサロン名にある通り「ほくほく」している。
「しっかしまさかここまでうけるとはなあ。ちょっと咽喉渇いてきた」、休憩を取るため表に出てきた一人の褒め役が受付の生徒に寄りかかる。
「いや、おれはなんとなくこうなる気がしてた。あいつがいる限り、」
「あ、エースのこと? あー、確かにあいつ、はんぱねえよ。隣からちょいちょい聞こえてくるんだけど、やばいことにおれが惚れそう」
「確かにやばい。が、なんとなく分かる、それ」
二人はうんうんと頷きあった。
「エースの天職、ホスト」
「エースの進路、決定」
もう一度うんうんと頷きあった。
「……やっぱ年上と付き合ってると違ってくんのかなあ、……あ、お一人様一回限りでお願いしております、すいません」
「あー、おれも恋したいっ」
「褒め役なんだからチャンスあるだろ、がんばれよ。おれなんか昼まで受付だぜ、……すいません、お客様、当店ではめがねは外してから入店していただくことになっております。めがねはこちらでお預かりいたしますので、帰りに出口でお受け取りくださいませ」
受付の対応を見ていた褒め役が、ん、と首をひねる。
「そういやなんでめがね駄目なんだ、ここ」
「はい、いらっしゃいませ。ではこちら番号札になります。ただ今、約15分待ちとなっております。……さあ、知らね。エースが決めたルールだしな」
「ふうん」
「お前も早く戻れよ。並んできてるから」
「ああ、そうする。じゃな、松橋。またあとで」
「おう」
褒め役を送り出した松橋は受付係に徹する。
列はなかなか縮まりそうになかった。それどころか長くなってきている。列には女子のみならず男子の姿も目立ってきた。評判を聞きつけて冷やかしに来たのだろう。が、何人かの男子が赤い顔でふらふら帰って行くところが面白い。ほくほくサロンなどと平和な名前だが、彼らの中の何かをほくほくと目覚めさせてしまっている可能性は否めない。どちらにせよ受付係の松橋の知ったところではなかった。
「くそう、エースのやつ、おればっか受付に指名しやがって。後で絶対たこ焼き奢らせてやる」
本人を前にしなければ強気の松橋だった。
「……そういやエース、もし東高のオージが来たら自分んとこ通せって云ってたな」
松橋は与えられた使命を思い出し、廊下の左右に視線を送る。
が、それらしき姿は見つけられなかった。
その代わり、
「あ、ひめ」
松橋の存在に気づいたひめかわは駆け寄ってくるとスーツ姿を指差してひとしきり笑った。
「笑いすぎだっつうの。てか、ひめ何してんの?」
「おれも松橋のもてなしでほくほくさせてもらおっかな、って」
「断る」
「えへっ」
「えへっ。が似合うからたいしたもんだよ、ひめは。そういや、オージってさ、今日ここに来てる?」
「うん、来てるよ。今、まこっちゃんと外で休んでる。人酔いしたみたい」
予想外の答えに松橋は、えええっ、と声を上げた。
「まじで? 来てんの? 何テク? どう召喚した?」
「ん、一週間前くらい前から催眠のように頼み込んだ。おれ何でもおごるしオージも絶対楽しいし損しないし、って」
「すげえ。一週間の努力を実らせたってわけか」
「ま、最終的には土下座したんだけど」
「……ひめ。おれ、なんか、自分以外の他人のことをこれほど親身に応援したくなったのって初めてかも知んない」
「ん? なに涙ぐんでんだよ」
「……だ、だって、ひめは、もっとラクに恋していいはずなのにみすみす茨の道を……うっ、うっ」
嘆く松橋の背中をぽんぽん叩いてひめかわは笑っている。
「そういやさ、松橋の云ってる夏のお嬢さんもここに来てるかもな」
冗談、と松橋が恨めしそうな顔を上げる。
「来てるわけないだろ」
「え、なんで? でも、付近の高校生だったら結構来てるよ? 今日は北高も南高も制服見たけど」
「ん……そう云われてみれば。そう、かも」
「な。だから、運が良ければ会えちゃうかもなっ。そう考えれば松橋、受付で良かったじゃん」
ひめかわの言葉は希望の光となって松橋の暗い心を明るく照らした。
ぴかー。
「あ、ありがとう。ひめ。おれ救われた」
「まじでっ。おれ、すげっ。あ、そろそろ戻るな。オージにジュース持ってく途中だから。そんじゃ、松橋、頑張ってな!」
「ええ、お元気で……!」、松橋は生まれ変わったような目で西高のアイドルを見送った。

ほくほくサロンの受付係は夏のお嬢さんという単語に心を奪われ、ひめかわに頼めばオージを今すぐサロンへ召喚できただろうことに気づくこともなさそうだった。しばらくの間は。


090701
ハっ! しまった! (by 松橋)