めがねの縁に隠されて気づけなかった大きな瞳。
存在するすべてが自分の仇であるかのように睨む、その世界の中で、善でもなければ悪でもないどっちつかずの存在になれたら。自分だけが、まだ。
ghost escort
「ほんとにかわいいんだって。まさにおれの理想のタイプ!」
放課後立ち寄ったハンバーガーショップでひめかわは同級生の一人に向かって熱弁していた。
「ああ。ひめのタイプって、確か、背ちっちゃくて性格きつくて顔かわいくて口悪い子、だっけ」
いるの、そんなん。
同級生のまこっちゃんはフライドポテトを口の中に押し込みながら呆れた目でひめかわを見た。
「それが、いたわけ。ずっと同じ電車乗ってたんだけど気づかなくて」
「でも、ひめの乗ってくる電車ってガラガラじゃないか? それだけ乗客が少ないのに、気づかなかったとかありえる?」
「だって変装してたんだもん」
「ん。変装?」
ひめかわはまこっちゃんにオージの「変装劇」について話して聞かせた。
「へえ。不思議だな」
「だろ。わざわざ見た目を崩すんだぜ」
まこっちゃんはふと何か云いたそうにしたが気が変わったように席を立ち、
「そろそろ出るか」と云って店を出た。
姫川一馬。
成績は中の下。
人懐こい性格で男子からも女子からも年上からも年下からも人気が高い。
そのひめかわが彼女をふってフリーになったというニュースは瞬く間に学校中に広まった。当のひめかわ本人は周囲の自分への評価などに無頓着なところがあり気づいている様子はない。
「お。東高の制服」
まこっちゃんが道路の向こうを歩く数名の生徒を見ながら云うと、ひめかわはちらりと投げかけた目をもう一度驚いたように向け、叫んだ。
「そうか東高だったか!」
突然奇声を上げるのはやめてくれるかな。
まこっちゃんに封じられた口をなんとか自由にしてもらったひめかわは興奮でちょっぴり顔を赤くしながら確信した。
「オージの制服、東高のだった!」
ああはいはい、オージは東高の生徒ね、わかったわかった。
東高といったら県外からも生徒の集まる有名進学校だ。
オージに対するひめかわの評価は再び上がっていく。
「オージ、すっげえ。東高の生徒だったんだっ」
「てか。毎朝同じ電車に乗ってんだから、着てる制服で学校くらい気づかない?」
「気づかなかった。オージを好きになる前は興味がないという理由で。オージを好きになってからはオージしか目に入らないという理由で」
「真顔で云うな」
まこっちゃんに額をはじかれたひめかわが涙目で顔を上げた時、ちょうど横断歩道で信号待ちしているオージの姿が目に入った。
「え、まさか、あいつがオージ?」
とろんとした目のひめかわと、信号待ちしている冴えない男子学生とを交互に見比べながらまこっちゃんは「どうか違いますように」と心の中で繰り返し祈った。
しかしその祈りはひめかわの次の呟きによって打ち砕かれる。
「あー。オージ、今日もかっわいいなあ……」
「いや、待て。待て待て待て」
まこっちゃんはひめかわの腕を強く引き、つい口にする。
「ぜんっぜん、かわいく、ないだろ。な、ひめ。目、覚ませ」
しかしまこっちゃんの率直な感想など聞こえなかったひめかわはまこっちゃんの制止を振り切りいつのまにかオージの隣に移動している。
「オージっ」
「お?」
名前を呼ばれたオージは俯いていた顔を反射的に上げ、ひめかわの姿を確認すると、あからさまに不愉快そうに眉間にしわを寄せ、今度は目線を斜め下に落とし、歩くペースを異常に速めた。後ろをひめかわが追う。身長差のあるふたりは歩幅も当然違う。ひめかわは悠悠と大股歩きでオージだけ忙しなく手を振っている。まこっちゃんは二人の様子を離れた場所から溜息を吐きつつ眺めた。自分の存在を忘れてしまったようなひめかわを追いて先に帰るという手もあったがオージという男への興味もあった。第一印象はただただ「かわいくない」それだけだったが、ひめかわの行動を見る限りあながちそうだというわけではなさそうだ。確かに「変装劇」の感は否めない。縁もレンズも厚いめがねは今時わざとでなければかけない類のものだし、ぼさぼさのヘアスタイルもただ単に寝相が悪いというだけでは到底完成しえないだろう。これらの違和感にまこっちゃんは興味を持った。もちろん学校のアイドル姫川一馬の新しい恋のゆくえについて、という意味でも。
「なあなあ、オージ。学校終わり? だよなあ。これから友達んとこ遊びに行くんだけどオージも一緒に来ない?」
「……」
「あ、じゃあさ、オージの行きたいところで良いからさ」
「……どこも行きたくない」
「これから何か予定とかあるわけ?」
「……べつに、何も」
「じゃあ一緒に、」
「……どうして」
「え、だって、オージと一緒にいると何か楽しそうなんだもん」
オージの肩がびくっと震えたのをまこっちゃんは見逃さなかった。
「って、おれがね。なあんちゃって。ははっ」
一瞬赤く染まった頬がまた元の顔色と同じに戻り、眉間のしわはますます深くなる。厚いめがねのレンズの奥でオージの目が貝になる決意をしたかに見えた。
「それにしても、東高って頭良いよな。オージ、天才。そうだ、おれに勉強教えてよ」
「……やだ。あんた頭悪そうだもん」
見えた、だけだった。どうやら自分に向かって積極的に話しかけてくる相手を無視することができない性質らしい。
性懲りも無く付きまとう相手と、彼のことを心底うっとうしいと思いながらもむげに扱うことのできない自分自身の双方にオージは苛立っているふうだった。
「えー、おれ、オージに教えてもらえたら次の試験で満点取るし」
「……どうしておれがあんたのために時間を割かなきゃいけないんだよ。だいたいどこまでついてくる気だよ。ストーカーかよ。気持ち悪いから離れろ、ばあか」
「わあ、出た出た。オージの暴言攻撃。かっわいい。もふもふ」
「……寄んなっ」
そこでオージがようやくまこっちゃんの存在に気づき、目でひめかわを引き取るよう合図する。
まこっちゃんはここぞとばかりに出しゃばった。
「えー、おれ、ひめの友人で永崎真。ひめがいつも迷惑掛けてるみたいで、ごめんね」
「……あんただれ」
たった今自己紹介しただろうがっ。
まこっちゃんはそう突っ込みたくなる気持ちを抑え、自分より背の低いオージを見下ろした。
「つきまとわれて、困ってんだよね? おれからも注意しとくから。きみにはもう二度と構うな、って。ひめ、おれの云うことならだいたい聞くし」
注意ってなんだよっ。
ひめかわの突っ込みを背で遮りながら笑顔を浮かべるまこっちゃん。
オージとの間で小さなスパークが起こった。
「……べつに、あんたにそこまでしてもらうほどは、困ってないし」
「わあ、オージっ。うれしいっ。おれ今世界でいちばんうれしいっ」
「ひめは黙ってな。えっと、オージくん? 質問。きみってさ、暗い場所平気?」
「は?」
「それとも、幽霊とか見えちゃう?」
「……何が云いたいんだよ」
「何が云いたいかってえと、つまりだ。つまり」
つまり?
オージが不機嫌そうに繰り返す。
いよいよひめも二人の間に散るスパークに気づいたらしく喋るのを止めておとなしくなった。
三人とも静かになったところでまこっちゃんが顔の前に人差し指を立てる。
「オージくん。決めた。直感で決めた。きみを我が幽霊同好会に招待する」
「……えっ。な、何だよそれ?」
不意打ちへの反応が鈍いタイプのオージはまこっちゃんの発言を噛み砕こうと瞬きを繰り返している。
「幽霊同好会。おれは会長の永崎真。右は幽霊部員の姫川一馬。オージくん、きみの名は?」
「え、えっと、宮沢大路だぞ」
素直に回答してしまうオージだった。
「幽霊同好会の活動は不定期開催。活動内容は、幽霊が出そうな場所を見つけたら気負わず立ち寄る、という簡単なものだ。もちろん、入ってくれるだろうね?」
そう云ったまこっちゃんがにっこり笑うとオージはもうつられてこっくりと頷いていた。
オージは少し頭痛がしたがその原因が何なのかまでは分からなかった。
まだ呆然としているオージと、ご満悦の永崎会長、そんなふたりの間でへらへらしているひめかわ。
立ち止まった三人を置き去りにするように東高の生徒が下校していく。
風が吹いてさくらが吹雪のように舞った。
090307
たぶん、とっても、おかしなことになった。(byオージ)