桜舞う河川敷、男子高校生たちは土手で横一列に座っている。

 向かって右が永崎会長。通称まこっちゃん。
 西高幽霊同好会の会長だ。

 向かって左が姫川一馬。通称ひめ。
 まこっちゃんとは中学校からの付き合いで何かと面倒を見てもらっている。幽霊同好会の幽霊部員にして只今絶賛片思い中。

 そして真ん中がひめかわの片思いの相手、エリートの集う東高のブレザーを羽織って体育座りしている少年、宮沢大路。通称オージ。
 両隣の二人を横目で交互に見やった後でそっとため息を吐いた。

 のどかだ。

 でこぼこな三人の後ろを、赤チャリに乗ったおばちゃんが走り抜けていく。
 今にも詩篇を口ずさみそうな雰囲気のまこっちゃんが口の端に草を銜えたまま云った。
「幽霊ってのは実在すると思うね」
 誰も返事をしなかった。
 RADWIMPSを聴いていたひめかわは体を小刻みに揺らしていたが、間に挟まっているオージが居心地悪そうにしていることに気づくと、ひょいと顔を覗き込んだ。
「なあ、オージ。春だし、めがね、はずさない?」
 突然声を掛けられたことにびくっと震えたオージは何か云い返したそうに勢いよく顔を上げたものの、他意もなさげなひめかわの笑顔を見ると動揺してやや左向きに俯いた。
「あはっ、かっわい」
「……うっせえ。かわいいとか。死ね」
 オージの暴言にもひめかわはにこにこと笑う。
 だって、なんだっていいんだ。どんないじわるだって、いやがらせだって、かわいげないところだって。なんだってなんだって、オージのものはおれが欲しい。
「夏でもそのめがね?」
「……お前には関係ない」
「オージには縁の細いのが似合うと思うんだけどな。せっかくきれいな目してんだから」
 ひめかわはこともなげに云う。
 そういうところがオージは苦手だった。何故ならそういう素直さには悪意がない。悪意のないものがオージは不得意だ。自分以外の人間のことは基本的に嫌いなのだが悪意のないものに接近されるとさらにどう接し返したら良いか分からなくなる。どうだっていいふうに振舞うことができなくなる。それならばよほど悪意のほうがマシだ、と思った。


チ ェ リ ー ・ チ ル チ ル




「……きれいとか、云うな」
 オージは膝を寄せ、地面に視線を落とした。
 そこにはタンポポが咲いていたがオージは何とも思わなかった。
 その太陽みたいな黄色を見てもちっとも幸せになれなかった。
「えっ。かわいいのほうが良い?」
 ひめかわはいつだって余計なことを云う。
 オージは迷惑そうに顔をぷいとそむけた。
「そういえばおれ、きのう亀デパに行ったんだよね。夜の七時くらいかな。その帰り道でのこと」
 唐突にまこっちゃんが話し出す。
 オージは驚いて身を引き、結果としてひめかわの肩にぶつかることになってしまった。
「……さ、わんなっ。このやろう!」
「オージからぶつかってきたんじゃん」
「まあまあ。それで、おれ、他に二人の連れがいたんだけど、そいつらが後ろからおれのこと呼んだんだ。まこっちゃん、って。もちろん振り返るだろ。そしたらその二人の隣り合った肩の間からさ、こういう感じに手が出てて」
 オージとひめかわの間からぬっと手を出してまこっちゃんは当時の現象を説明した。
「二人の後ろに誰かいるかな、って思ったんだけどいなかった。手首から先だけが浮いてたんだ」
 あたたかなそよ風が黄緑色の土手を吹いていった。
 川面はきらきらと音でも鳴り出しそうに輝いている。
「ま、亀デパは有名だもんな。階段の踊り場とか、すっごいもん。六階の書店なんか、霊感無いやつが行っても何か寒気がするって云ってたぜ。天井に顔がいっぱいあった、って」
ひめかわは亀デパに関する他のエピソードをいくつか話した後で、十年前の亀デパの大火事についても話した。
「あのデパート、当時の名残で今も天井低いだろ。煙にやられて逃げ遅れた人が、上の階へ上の階へと逃げて、そこがあの書店なんだよな」
 ああ、とまこっちゃんは頷き、オージの様子がおかしいことに気づいた。
「おい。だいじょうぶか。オージくん?」
 まこっちゃんのせりふにひめかわも反応し、
「オージ、鳥肌すっごい。えっ、もしかしてだめだった系? こういうの、だめだった系?」
 おろおろと取り乱し始めた。
「……だ、だめなんだ」
 こんなふうに涙いっぱいの上目遣いで見つめられたら、健全な男なら、ひめかわでなくともころっといってしまうだろう。
「ぐはあっ」
 奇声とともに後ろに倒れたひめかわを一時放置してまこっちゃんはオージの鳥肌が頬にまでうっすらと立っているのを眺めて目を細めた。
「へえ。意外」
「……意外って、なんだよ」
「オージくんは、幽霊とか、慣れていて、平気なんだと思ってたから」
 その言葉を聞いたオージの片方の眉が、ぴくん、と跳ねた。
「慣れてって、どういう、意味だよ?」
 青ざめた唇を動かし、めがねの縁の下から睨みつける。
「いや、べつに意味はないけどね」
 そのやり取りを仰向けでじたばたしながら聞いていたひめかわはがばっと体を起こし、
「おい、まことっ。オージをいじめんなっ」
 まこっちゃんに抗議する。
 本気で怒る時ひめかわは、まこっちゃんのことを、まこと、と呼ぶ。
「あ。いじめてるように見えた? それはどうも悪かったね」
 顔の横に両手を挙げたホールドアップのジェスチャでまこっちゃんはつとめて穏便そうに微笑む。
 口では謝っているが反省しているのかどうか胡散臭いことこの上ない。
 ひめかわはどさくさに紛れてオージをかばう仕草でその肩を抱き寄せてみた。
 いいにおいがして心臓が口から飛び出ていきそうになるのを必死でこらえる。
 べつのことべつのこと、と考えていたら、自分の心臓が春の川を桃のようにどんぶらこっこと流れていくという、無駄にシュールな映像が垣間見えた。それにこそ意味などなかった。
「だけどさ、ひめだってもっといろいろと知りたいわけだろ?」
「何をだ」
「オージくんのこと」
 一瞬言葉に詰まったひめかわはうっかり頷きそうになったが、斜め後ろから見えるオージのほっぺたが徐々に徐々に赤くなっていくのを眺めているとそれは裏切り行為のような気がして、決して誘惑に負けなかった。
「し、知らなくてもいい!」
 耳元で怒鳴られてオージは頭が、きーん、となるのを感じた。
「おれはそういう単なる好奇心でオージに困った顔、させたくない!」
 この二人と一緒にいると自分がそのうち東高の授業についていけなくなるような気さえした。
 しかし耳朶が脈打つのがどくんどくん聞こえていた。
 まこっちゃんはひめかわの必死の顔を久しぶりに見て内心微笑んだ。
(こいつ、ばかだ。自分がまだ片思い中だと、思ってる)。
 オージはひめかわの腕の中でのぼせた表情を隠そうとだんだんと眉間にしわを寄せた。
「ま、そんなこと云って、オージくんを困らせてるのはいつもひめだけどな」
 その点に関しては間違いなかった。
 図星のひめかわは今度こそ唸った。
 ようやくなすべきことに思い当たったオージのアッパーを食らって仰け反るように体を離す。
 草むらから芝生のようなバッタが出てきて高くジャンプした。
 赤チャリのおばちゃんが買い物袋をかごに行った道を帰ってきて、じゃれ合っているようにしか見えない高校生三人組の後ろを走りすぎて行った。

「オージ、痛いっ」
「……痛くしたんだ。あたりまえだ」
「うっわあ、かっこいいっ。オージ、今のかっこいいっ。もう一回、アッパーもう一回!」
「……きっもちわるい。寄んな、変質者。いっぺん川に沈んで来い」
 二人のやり取りを聞きながらまこっちゃんは顎に手を当てた。
 彼には考えることがあった。
 しかしそれは今の段階では他愛も無いただの推測だった。

「オージ。こんな所で何やってる」
 その時、三人の後ろから落ち着いた声がした。
 真っ先にひめかわが仰ぐとそこには東高の制服を着た男子が立っていた。
 ひめかわとは種類が違うが女子にはかなりモテる部類に入るだろう。
 背が高く、どうやらハーフのようで、琥珀色の髪が風にさらさらと吹かれている。
 声からもっと年上の男を想像していたひめかわは狐につままれたような顔をして新たな登場人物を見上げた。
「四時に駅前だと云っただろう。どうしてこんな所でふざけてなどいる」
 感情を抑えた声で告げ、彼はとりわけひめかわのことを睨むように見下ろした。
「信哉さん。ご、ごめんなさい」
(えええっ、オージが人に謝った!)。
 声にならない声でひめかわは叫んだがオージはすでに立ち上がり制服に付着した汚れをはらうところだった。
 そんなオージの姿を、信哉と呼ばれた男は監視するように見ている。
「遅れるなら連絡を入れろ。そのために携帯電話を渡してあるんだろう。30分も待たされたんじゃ、こっちだって心配する」
「……ごめんなさい」
「まあ良い。次回から気をつけろ。さ、帰るぞ」
 オージはうなだれ、信哉の後を付いて行く。
 ひめかわは立ち上がって呼び止めた。
「おい、ちょっとあんた」
 しかし立ち止まらないので、
「あんただよ、あんた。オージじゃないほう。信哉とかいうやつ」
 信哉の足がぴたりと止まった。
「何」
「四時からどんな用事があるのか知んねえけど。あんた、感じ、悪いんですけど」
 ひめかわのことをちらっと振り返った信哉はオージの肩に手を置くと、
「一つ云っておこう。オージ。……友人は、選べ」
 表情一つ変えず、聞こえよがしにそう云った。


「くっそう。何あいつ! 何あいつ!」
 ひめかわが草をむしるのでそこだけ茶色い土が見えてきた。
「ま、ああいう場合、荒ぶったほうが負けだね」
 横のまこっちゃんが冷静に分析する。
「だって、だって、だって」
「だって、何?」
 先を促されたひめかわは演技なのか本気なのか目に涙をいっぱい浮かべ、
「オージ、取られた」
 うわあああん、と土手を転がり落ちていった。

(うーん。あいつ、日に日にかっこ悪くなってってるな)。

 まこっちゃんは今や幽霊よりも恋する姫川一馬の言動に興味津々だった。
 まこっちゃんの見ている先で回転を止められなくなったひめかわが川に落ちる、ぽちゃん、という音が春に響いた。

 今日ものどかだ。


090316
何あいつ! 何あいつ! 何あのかっこいいやつ!(byひめ)