一限目を終えた西高2-Aの教室。

日付と同じ出席番号の生徒を指名して問題を解かせる国語教師から解放された松橋は、時間割で二限目を確認して「あっ」と叫んだ。
「数学」。
慌てて机を覗き込む。数学の教科書だけ無い。それは今、松橋の自宅の机の上にある。昨夜は必死で予習を解いた。必死なあまり就寝は通常より二時間ほど遅れた。
さて松橋は心を入れ替えて勉強するようになったのか。
かと云えば、残念、そうでもない。
それもこれも日付数字の出席番号の生徒に板書させる数学教師のせいだった。
「うわ、やっべ。早いとこ誰かから教科書借りて来ないと、」
来ないと、昨夜の苦労が水の泡だ。

ちょうどその頃2-Bの教室では数学の授業が終わったところだった。

「ひーめー!」
松橋の声に振り返ったひめかわは云われるよりも早く数学の教科書を掲げる。
「待ってたぜ、これだろ」
「さっすが、ひめ。おれのこと何でも分かっちゃう?」
「いやいや毎週のことだから」
「うん、異議なし。で、これ何してんの、ひめ?」
松橋が覗き込んだのはひめかわの机の上の問題集だった。
「今、数学頑張ってみてんだよね、おれ」
「へえ。塾とか通いだした?」
「いや、休み明けの試験結果さんざんだったから。自主的に」
その台詞は松橋にも響いた。
何しろひめかわと松橋の両名は前回の試験で本人史上最低の順位を獲得したからだ。
「三日坊主にならなきゃいいけどな」
「せめて四日坊主ぐらいに。てか三日坊主にすらなれない可能性」
「あはは。あるある」
斜め後ろで『廃墟新聞』と題された小冊子に没頭しているふりをしながら二人の会話を盗み聞いていたまこっちゃんは小さな溜息を吐いた。


白 黒




(あいつらの会話、聞いちゃいられない)。
廊下に出ると、向こうからエースが歩いてくるところだった。
「お、まこっちゃんだー。おはー」
「……おは」
にこりともせず答えると笑われた。
「そういう顔で、おは、って。それはなんかキャラ違うでしょ。らしくないね、今日」
まこっちゃんは気にせず通過しようとする。
が、後ろから肘を掴まれ引き止められた。
「松橋ならうちの教室にいるけど」
どうせ用件はそれだろ、と云わんばかりのまこっちゃんに。
そればかりがおれの用事じゃない、と云わんばかりにエースがどうだっていい反応をした。
「ところでさ、まこっちゃん、最近ちょっとおかしいよね」
ふりほどこうとしていた腕から、まこっちゃんは力を抜いた。
「おかしいって、それは、おれが?」
「そ。まるで、」
エースの視線がまこっちゃんの目から逸れ、彼の握り締めている『廃墟新聞』へと向けられる。
ただそれも一瞬のことで、またすぐまこっちゃんと目を合わせて云った。
「まるで、イケナイコト、しようとしてる人の目だぜ?」
まだどこかで演技がかったところを保たせていた、その不鮮明さに、まこっちゃんは見切りをつけた。
エースの前で自分から笑ってみせる。
「そう? 例えば?」
「あ、挑発してる? だったらおれマジで当てに行くけど、だいじょうぶ?」
「挑発してるのはどっちだかな」
「雁字搦めになってんのは偽善者ぶるからじゃん。素直になるタイミング、逃しちゃった?」
「何のことか分からないな」
「またまた。ひめのことだよ。好きなくせに」
しばらく無言の睨み合いが続いた。
先に目を逸らしたのはまこっちゃんだ。
「……えっと、さっきからすごいジロジロ見られてる」
廊下の真ん中で、鼻先が触れ合わんばかりの距離で睨み合っている二人の様子は緊迫している。
通行人の視線が好奇の色を帯びるのは仕方が無い。
「だな」、エースは手を離した。
「あ、この際だから云っとくけど、おれからひめに伝えることは無いから。もちろん、松橋にも」
伝えないだのって一体何の話、まこっちゃんは惚けた。
「オージくんのこと。オージくんの家族のこと。三年前の、あの、事件のこと」
「ふうん。被害者保護のため?」
そう問いかけたまこっちゃんに。
違うよ、とエースは静かに答えた。
「ひめと松橋のためだよ」
「事実を教えないことが必ずしも善だとは限らなくても?」
その質問にエースは「限らなくても」と答えた。
「限らなくても、積極的におびやかすよりは消極的に黙していたいものだと思ってね」
エースの回答はまこっちゃんの共感を得られなかった。
特に共感して欲しいわけでもなかったエースはまこっちゃんが向かって行くのとは反対側へ向かって歩き出す。
それは休み時間の出来事。
2-Bではひめかわと松橋がふざけ合って笑っている。


091107
答えを露呈できたら、そんなに簡単なことって、無いのに。 (by まこっちゃん)