本日の放課後スイーツはパフェにしよう。
そんな松橋の提案でひめかわとまこっちゃんは連れ立って駅構内の喫茶店に入った。
放課後スイーツという言葉が三人の間でいつから使われ始めたのか定かではないが、確実に云えることは、この三人の中で、放課後に食べるスイーツが嫌いな人間はいないということだ。
数学の授業でクラス全員の前で褒められてほくほくの松橋。
休み時間エースに絡まれて以来どうも調子が狂ったまこっちゃん。
いつも通りのひめかわ。
変哲の無いメンバーが集まって何を話題にするかというと大抵は他愛もない近況報告だったり根拠のない噂話だったり目処の立たない野望だったり定かではないささやかな夢だったり、あるいはどこにだって溢れていそうな日常的な話題だったりする。好きな子のこととか。
テーブルの上に並べられているのは、パンプキン、モンブラン、塩キャラメルのパフェだった。どれも期間限定だ。
生クリームの表面にかけられたソースの垂れ具合に目を輝かせながらひめかわと松橋がほとんど同時に「いっただきます」と元気の良い声をそろえる。
(給食か?)。
いただきます、を述べずにまこっちゃんはスプーンでウエハースを砕き始めた。
ひめかわと松橋から、フェイントだ、だの、スイーツ同好会の掟に反する、だのと数々の非難が飛んでくるがまこっちゃんは反省しない。
「いつからスイーツ同好会なんてできた?」
それどころか誰よりも早く一口目を食してやった。
白 黒
「オージってめがねしてても普通にかわいいと思うっ。おれさいきんオージがどんな格好しててもかわいく見えるんだよねっ」
放課後スイーツタイム開始後早々、オージの名前を口にするだけで顔がほころんでしまうという症状の病に犯されているひめかわが云うと、
「そうか? おれはやっぱあのめがね嫌だけどな。だっせえし」
松橋はどうしても解せない風に眉根を寄せる。
夏に行われた七祭で、自分が思いを寄せていた「夏のお嬢さん」の正体が実は東高の響大路だったという事実を突きつけられた松橋、最初の内こそ認めたがらなかったが、一ヶ月、二ヶ月と時が経過し落ち着いてくると、ようやくそのことを事実として受け止めることができるようになっていた。
それ以来、ひめかわと松橋の間では頻繁にオージに関する話題が上ってくるようになった。
「あ、でもおれも最初は松橋と一緒だったんだよな。何だよあのめがね、あのぼさぼさの頭。毎朝同じ電車に乗るけど、今後も話す機会は無いだろうなあ、って。卒業まで、ずっと」
「それがどうして平気になったんだ?」
うーん。
それはね、運命。
「なんじゃないかなっ?」
などとおどけるひめかわの隣でまこっちゃんはモンブランパフェの和栗を転がしていた。
「ひめも松橋も、自分たちが敵同士だって気づいてんの? どうしてそんなに仲良くできるわけ?」
そんな云い方でこっそり何かをけしかける自分のいやらしさを一番よく分かっているまこっちゃんは自分に対して苛立った。
「あ、そか。おれたちこう見えて一応ライバルなんだ!」
相手の顔を指差し合ってにやにやする、至って平和な二人にも腹が立った。
(おれは、おれの好きな人が、おれ以外の誰かから好かれているかも知れないって、そう分かったら、その誰かさんとは、そんな無邪気には笑い合えないけどな。なあ、ひめ?)。
このままどうにかなってしまうんだろうか。
このままイジワルになっていくんだろうか。
それとももうとっくにイジワルだろうか。
きっと、簡単には戻れないところまで。
てか、おれは、ひめのこと、好きなのか?
エースのかけた催眠じゃ、なくて?
「はあ……も、帰ろ、かな」
自分のことがよく分からなくなってきたまこっちゃんがこっそり帰る準備をして立ち上がりかけた時、ちょうど隣の席に一組の男女が座った。
その為、まこっちゃんは出づらくなってしまった。テーブル同士の間隔が狭いのだ。
(でもこれでバカな二人を置き去りにせずに済んだ)。
まこっちゃんは隣に座った男、北高の制服を着た男子生徒だったが、の顔にちらりと目をやった。
(ハーフっぽい。てか、だな)。
髪と瞳はどちらも黒色だが日本的な眼孔の窪みとするには違和感がある。
入店してきた一瞬、店内の女性客の視線を引き付けた。
そして現在、まこっちゃんの視線も。
もっともまこっちゃんの場合は彼の容姿に惹かれたからではなく、一度合わせたピントをよそへ移すのが面倒だ、という、怠惰な動機から見つめたに過ぎない。
「……どうも」
あんまり長く見つめてしまったため、気づかれてしまった。
まこっちゃんは目が合った相手に軽く会釈した。自分でも何が「どうも」なのかよく分からない。
学年章を確認すると三年生であることが分かった。
北高の三年生。
名前は、
「くらきくん」
彼の向かいに座った女生徒がそう呼ぶ。
くらき。
まこっちゃんはその名前をインプットした。
倉木。
きっとそういう字を書くのだろう、と推測した。
「そういえば、オージって、一人暮らしなんだって?」
松橋がひめかわに問いかけた言葉に何故か倉木が反応した。
倉木は松橋とひめかわのことを素早く確認した後、今度は、まこっちゃんに目を向けた。
見つめられる理由が分からないまこっちゃんはただ困惑するばかりだ。
「そうそう、実は一度も行ったことないんだよな。おれの家でお泊り会したことはあるんだけどね」
ひめかわと松橋の二人は倉木のあからさまな視線に気づいていない。
ひめかわに至っては「お泊り会」の思い出を自慢げに披露している。
貸した寝巻き。
並べた布団。
姫川家全員にオージを足してとった朝食。
「でさ、寝る前に信哉さんから電話きてね、」
まこっちゃん一人に向けられていた倉木の視線が今度はひめかわに移った。
(知りたがりの、正直な、目)。
まこっちゃんは「もしかしてこの人、オージくんを知ってるのかもな」と思った。もしかしなくとも、直感がそうだと断言していた。
やがてひめかわと松橋の会話はいつの間にか「今からオージの家に行ってみよう」というところにまで至っていた。
まこっちゃんはどうする、とひめかわに訊ねられたまこっちゃんは「うーん」と考える素振りをしながら倉木の様子をうかがった。
店員がオーダーを取りに来たが倉木は何も注文しなかった。
向かいに座った女生徒は「本当に何もいらないの?」と首をかしげながら自分のためにホットココアを注文した。
よし、決めた。
まこっちゃんは「行く」と答えた。
倉木の視線が背中を追いかけて来る。
まこっちゃんはふと、ある日誰からか聞いた話を思い出した。
(東高と北高の生徒会長、どっちもハーフなんだぜ)。
それは自分が聞いた話ではなくて他の誰か同士の会話がたまたま聞こえてきたものだったかも知れなかったが、少なくともこの言葉を思い出した時点でまこっちゃんには倉木が北高の生徒会長であることが分かったのだった。それももちろん直感で。
091107
ええ、認めました。(by 松橋)