光が携帯電話で話している間、ひめかわ、松橋、まこっちゃんの三人は一冊のアルバムを覗き込んでいた。

「うわ、これオージ? かわいいっ、この時からすでにかわいいっ。ぜんぜん笑ってないとことか超かわいいっ。ぷにってるっ。欲しいっ。ねえオージ、この写真もらっちゃだめ?」
ここに来なければ決して見られなかったであろう「秘宝」という名のアルバムを前に歯止めがきかないひめかわだった。
「……だめだっつってんだろ」、もう何度目か分からない台詞を吐き捨てるように繰り返しながらオージは光の背中を睨んだ。
「……ったく、余計なもん連れ込みやがって」
ちょうど通話を終えた様子の光が振り返ると同時ににっこり笑った。
「ん、今何か云ったかな、オージくん」、腕を組み、傍の柱にもたれる。
「……だ、だいたいお前らな、どこで光さんに会ったんだよ」
オージは困惑気味に光から目を逸らすと何故か目を充血させている松橋に問いかけた。
「あ、ああ。えっと、光さんとはどこで会った、んだ、っけ?」
喋りがままならない松橋はまこっちゃんに話を振る。
三名の客の内、唯一冷静なのはまこっちゃんくらいだ。
「喫茶店。たまたま隣の席に座ってた。ですよね、光さん」
「お。よく分かったね」
「あなたは目立ちますよ」
そう云ってまこっちゃんは長身の光の姿を下から上までざっと眺めた。

あの後、オージの家に行ってみようという話になって三人で店を出た頃、光が後を付いて来る気配を感じた。
連れの女生徒はいきなり用事を思い出したように去った光を呆れた思いで見送ったことだろう。

東高の響信哉と北高の倉木光。
どちらも現役生徒会長、か。
ガード固いな、オージくん。


白 黒




「すごく、守られてますね」
アルバムに収められた幼少時代のオージの写真にすっかり夢中のひめかわと松橋を尻目にまこっちゃんは光と会話することにする。
「ん、誰が誰に?」
いつの間にか光は制服の上着を脱いでいる。
痩身に見えたが貧弱なわけではなさそうだ。どちらかというと鍛えることで引き締まったほうだろう。それに、着やせするタイプなのかも知れない。確か信哉もそうだった。
などと、まこっちゃんは考察する。
「オージくんが、あなたや信哉さんに」
「あ、やっぱそう見える?」
でもね信哉は実際そうかも知れないけどおれは案外そうでもないよ、と光は笑った。
よく笑う人だな、とまこっちゃんは思う。この人の笑いには意味などないのかも知れない。
「おれはオージを束縛しないもん。防止係ってよりは処理係って感じかな」
なんだやっぱ同じじゃないか、とまこっちゃんは思う。
防止係とは信哉のことを云ったのだろう。
「でも現に一緒に暮らしてるんでしょう、この家で?」
「ああ、ここはね。じゃんけんなの」
「じゃんけん?」
「半年に一回、じゃんけんで決める。おれと信哉、どっちがオージと暮らせるかじゃんけんで決めてる。じゃんけんって公平でしょ」
「はい?」
「田舎暮らししたいって云い出したのはオージなんだ。でも、そういう話になるより前にマンション買っちゃったからさあ。あっちをずっと空けとくわけにもいかなくて。一応、かわりばんこで行き来するようにしてたんだけど、毎回毎回は面倒だし、オージにとっても鬱陶しいだろうから、それならじゃんけんにしよう、って。今はおれが同居人やらせてもらってますよ」
まこっちゃんは聞いた話を頭の中で整理してみた。
「つまり、世話係、ですか?」
「いやオージは自分のこと自分でちゃんとできるよ」
その云い方自体が保護者的視点だ、とまこっちゃんは思った。
光はまこっちゃんの怪訝そうな顔を見ながら、
「まあ、強いて云うなら、監視役、かな」
より具体的な説明を与えてあげた。
監視役ですか、とまこっちゃんが顔を上げる。
「そ。監視役。だって、オージはね、」
そこまで云ったところで光は口を噤んだ。
まこっちゃんは賭けてみることにした。
「大丈夫です、おれ、知ってますから。事件のこと」
光が微かに笑ったように見え、まこっちゃんは少し恥ずかしくなった。

自分は何かを詮索しようとしているのだろうか。
光にはそれが自分よりもはっきりと見えているのだろうか。
と。

監視役は何を監視する。
監視役がもしいなかったら、オージは、どういうふうに、壊れる?

だなんて、なんて浅ましい。
今の自分を表現する形容詞は、それだ。

「オージはね、ほんとに王子様なんだよ」

急に光の声が明るくなった。
まこっちゃんの思惑や後ろめたさを吹き飛ばすくらい。

その声にひめかわと松橋も顔を上げる。

「おれと信哉にとってはね、小さい頃から、ずっとそうだった」

光の目はまこっちゃんではなくてオージを見ていた。
分厚い前髪の間から、濁ったレンズの奥から、オージも光を見ている。

「……光さん」
「オージが思ってる以上に、おれも信哉もオージに救われてる。これ、本当だよ」

ここはあまりにあたたかくて、まこっちゃんは顔を伏せた。
膝の上で握り締めた自分の手だけが冷たい。
自分だけが冷たい。
ひめかわがオージに向かって「おれもっ」とアピールする。
負けじと松橋も「そうそう」と頷いた。

ぶちまけたい衝動。
隠していられない刹那の。
不幸が転じてこんなにもあたたかな光景を呼ぶと分かっていたら。
自分だって願っただろう。

その時、どん、と音がした。
玄関の方からだ。

「お、白猫さんが来たね」

待ち構えていたように光が迎え出る。
「誰だろ?」、ひめかわと松橋は顔を見合わせて首をかしげた。

「……あ、信哉さん」
オージの声でひめかわはオージの信哉に対する感情だの信頼だのを一気に思い知らされる。
それは光に対するものとは違って。
自分に対するものとも異なって。
早送りで繰り返すことのできない、かけがえのない年月が育んだもの。
自分の知らないオージが、自分の知らない信哉が、自分の知らない二人が、築き上げてきたもの。

「はいはい皆さん、響信哉ですよー。オージのことが心配で修学旅行の途中で帰ってきちゃったってエピソードをお持ちの東高生徒会長さんでーす」

光が紹介をすると信哉は、

「……要らんことを」

おしゃべりの首根を掴み遠くへ飛ばした。

「あ、えっと、お、お邪魔してますっ」

ひめかわが正座すると松橋も姿勢を正した。

「いいのいいの、楽にしちゃって。こいついつもこんなんだから、気遣わせちゃってるでしょ。ごめんね」

へこたれない光の余計なおせっかいに信哉は心底迷惑そうだ。
ひめかわは二人の顔を交互に見比べた。

「あの、信哉さん」
「何だ、ひめかわか」
「さっきの話、ほんとですか?」
「さっきの話?」
だから信哉さんがオージ心配で修学旅行途中で帰ってきちゃったっていう、とひめかわが続けると光が待ってましたとばかりに会話に入り込んできた。
「そうそう。聞いてやってよ、ひめかわ。信哉ってばさ、オージからの不在着信が一件あったってだけで気が動転しちゃって。宿泊先の旅館から特急で帰ってきちゃったんだよね。これもう重症でしょ」
「え、不在着信が一件あったから?」
「そうそう。信哉にとっては大ごとなんだよね、オージからの電話に一度でも出られなかった、っていうのは」
「あはは。でもなんか分かりますね、その気持ちは」
「あ。じゃあひめかわも重症なんだ」
「そうですかね。あはは」
「あはは」

和むな、そこっ。

へらへら笑い合う二人につっこんだのは信哉ではなくまこっちゃんだった。

「ま、せっかく皆さん集まったことですし」

他意を孕まないその言葉にほだされ渋々ながら信哉も腰を下ろす。
そこで初めてアルバムの存在に気づいたらしく、

「……光、このアルバム、お前が持ってたのか?」

ここに来て初めて表情をやわらげた。

三年前の事件の後、オージの映った写真はすべてオージの手によって処分された。
オージが宮沢邸で暮らしていた証拠は、写真としてはもうどこにも見当たらないのだと思っていたが。

「そうそう。おれが盗んだ」

写真の中にはあの頃の四人がいる。
小町、大路、信哉、光。
邸宅の縁側で撮影されたものだ。

「……懐かしいな」、信哉が思わず呟いた言葉に光は聞こえなかったふりをした。

「お夜食にしましょうか」
今夜は金曜日。
光が台所から飲み物とお菓子を持ってくる。

北高生一名、西高生三名、東高生二名、計六名の男子高生談義はどうやら遅くまで続きそうだった。


091107
で、土曜日の昼過ぎに目覚めた。 (by 西高ズ)