休み時間に入るや否や「ねえねえまこっちゃん聞いてよ昨日オージがうちに来てさっ」と話し出すひめかわの顔の前にまこっちゃんは手のひらを向けた。すちゃっ。
「うん今忙しいから」、抑揚の無い早口で告げる。まるでその台詞を前もって準備しておいたかのように。
「忙しいって、雑誌読んでるだけじゃん」
「うん。だから、ひめの惚気話を聞けない程度には忙しいから」
聞いたひめかわはその場に立ち尽くし目を潤ませながらまこっちゃんが顔を上げてくれるのを待った。
月刊・世界の廃工場を読んでいるまこっちゃんは時々頬杖を止めてページをめくる動作を延々と繰り返す。
途中でひめかわがピアノ伴奏者の隣に立つ楽譜めくり人よろしくページをめくる役を買って出るがまこっちゃんが顔を上げることはなかった。
「うっわ、ひめのかみさん怖ええ」、いつの間にか遊びに来ていたエースが両腕を組んだ姿勢で、にやにやしながら様子を見ている。
「こいつと番になった覚えはない」、まこっちゃんは初めて顔を上げてエースを睨んだ。
廊下での一件以来、まこっちゃんのエースを見る目には以前のような単純な煩わしさ以上の物が含まれている。エースは気づいていながら平然と静かに笑った。
「エース……」、唸るだけだったひめかわがエースに救いを求める目を向ける。
「しかしひめもだいぶ乙女化したよなあ。そんなに必死になることか。構わなきゃ良いじゃん。うざがられてんだからさ」
「うう。だって。だって」
「だって、何?」、エースはわざと幼児をあやすようにひめかわの頭を撫でた。
周囲で聞き耳を立てていた女子達もいつしか心配そうな目を向けている。精神年齢の低さがかえって武器になるタイプなんだよなこいつは、とエースは分析した。
「だって、まこっちゃんが冷たいのは絶対わざとだもん。こういう時はおれが謝らないといけないんだもん」
その言葉にエースは驚いた顔をした。一秒後、爆笑する。
「だってさ、まこっちゃん!」
エースに肩を叩かれたまこっちゃんは無表情の中に面倒臭そうな色を浮かべた。月刊・世界の廃工場を閉じるとまずひめかわを、次にエースを、そしてもう一度ひめかわを見上げる。
「……あのな、ひめ。おれ怒ってねえから」
「うう。ほんと?」
「さっきも云ったように雑誌に夢中だっただけ。ひめへの反応が疎かになっていたのは確かだ。謝らないけど、確かだ。うん」
まこっちゃんは、これでいいだろ、という目をエースに向けた。
エースはわざとらしく目を逸らす。顔にはまだからかうような笑いが残っている。
「あ、でさ、さっきの話の続きなんだけど、その時オージがさ、」
すっかり立ち直って喋り出すひめかわの襟をエースが後ろから強く引っ張った。
ラ ッ ピ ン グ ・ メ リ ー
インテリアグッズをはじめ雑貨や日用品を揃えたセレクトショップにはいつも以上に学生の姿が多い。店内は赤と緑を基調とした飾り付けが施され、レジの上には選べるラッピングの見本が並んでいる。
「あー、もう宗教とか関係無くわくわくするっ。サンタさん今年もおれんとこ来るかなっ。去年お礼の手紙出しといたし絶対今年も来るよなっ。プレゼント何お願いしよっ」
周囲の目など気にせずそんな発言をするニコからオージは露骨に距離を置いた。
「……サンタなんか実在しねえし」
マフラーに口元を埋め、顔にはいつものぶ厚いめがね、強力なワックスを付けてかき混ぜたぼさぼさ頭のオージは、キッチン用品のコーナーに立ちシリコン製のボウルセットを手にした。
「あ、もしかしてプレゼント?」
追いついたニコがオージの手元を覗き込む。
オージは返事をしなかったがいつものことなのでニコは自分で「うん、そうなんだあ」と相槌を打った。
「……なあ、ニコ。これ、使いやすいと思うか?」
珍しくオージから質問があったのでニコは張り切ってその商品の利点を述べた。商品の隣に置かれていた、店員手書きのプロモーションを肩で隠しながら。
「……ふうん。じゃ、これにしよっかな」
「えっ、もっと非実用的なモノにしようよ、オージ!」
「……何でだよ」
「クリスマスプレゼントってそういうもんじゃん。非実用的だから嬉しいじゃん。実用的なモノってなんかあんまり嬉しくないじゃん」
「……おまえクリスマスに無駄な物が欲しいわけ」
「無駄な物じゃなくて非実用的な物だって」
「……わっかんね」、オージはボウルセットを抱えてレジに向かった。
「でさ、誰が幸福者なの? そういえばおれ一度もオージからクリスマスプレゼントもらったことないねっ」
説得を諦めたニコは列の最後尾に並んだオージの肩に顎を乗せた。ひめかわが同じことをしたら殴られること請け合いだがニコは特別だ。オージはニコの好きにさせている。
「……信哉さんに。てかニコ何が欲しいのか分かんねえもん」
「そっかあ。信哉は来年の春から大学生だもんね。あ、おれが欲しい物はね、」
ニコはオージには分からない物を云った。察するに玩具の類らしいがそれすら定かではない。オージはその回答に関してはスルーを決めた。
「……ふうん。ま、それはおれじゃなくてサンタがくれんじゃねえの。サンタってそういうもんだろ」
「あ、だね。てかオージ、光には何かやんないの?」
「……ああ。そうだ。考えてなかった。忘れてた。ま、いいか」
冗談ではない様子のオージに、ニコは光のための涙を流しておいた。イミテーションの。
「でさ、信哉は大学決めてんの?」
女性店員が、黄色の番号札某番でお待ちのお客様、と声を張り上げている。
黄色の番号札某番でお待ちのお客様、ラッピングが終了しました。
他の商品を眺めていた客の一人が慌てて駆け寄る。商品を受け取ると満足そうに店を出て行った。
「……信哉さんが決めてないわけないし」
オージは信哉と光なら圧倒的に信哉に比重を置いてるなあ、と再確認しつつニコは「おや」と首を傾げた。
「……第一志望、県外なんだ」、オージがぽつりと漏らす。マフラーにくぐもって声は聞こえづらい。ニコは「へえ」と相槌を打った。
「……信哉さんが行きたいのは本当は県外の大学なんだ」、オージが怒ったような目で前を睨む。
それだけでニコは全部が分かった。
信哉へのクリスマスプレゼントが至って「実用的な」ボウルセットの理由も。
「行きたければ行くと思うよ、あの人は。でも週五くらいのペースでオージの顔見に帰って来そう。あははっ」
だからあんまり気にしなくていいと思うけど、という蛇足をニコはかろうじて付け足すのを留まった。相手の考えるところを見透かしていると告白するような真似はどのような人間関係においても善事ではないだろう。オージとニコの場合も例外ではない。
あの暗い事件以来、オージから目を離さなかった信哉。傍から見れば恩恵と呼ぶにふさわしい扱われ方の中で、オージもオージなりに気を遣わせ過ぎないよう、気を遣っていた。だからこそオージは自分の存在が信哉の進学に関する選択肢を削ることになってはいけないと彼なりに憂慮しているのだろう。
「あっ。ひめ発見」
最初に気づいたのはニコだった。
オージは手にしていたボウルセットを落としそうになった。
「……んだよ、こんなとこでもばかずまか」
ぶつぶつ云いつつ何気なく商品を見たオージはそれがブックカバーであることに気づいた。
(ばかずまは読書できなさそうだしそもそもああやってラッピング選んでんだから誰かにやるやつか。……は、ラッピングなんかどうせゴミになんだから適当に決めときゃいいんだよあんな真剣になってばっかじゃねえの死ねよあいつ)。
やっとラッピングを決め番号札を受け取ったひめかわが振り返って二人に気づく。
「あっ、オージだっ! ……と、えっと、ニコ!」
はいはいおまけのニコでえす、と自己申告するニコの後ろにオージは隠れた。
「オージ、ひさしぶりっ」
「……昨日会ったし。てか顔近いし。あっち行け。もしくは死ね」、オージはマフラーの中に顔まで埋めた。
「あ、そうだった。昨日会った。でもオージと半日離れるともう一年くらい経ったみたいな気分になるんだよね、どうしてだろう。さいきんすっごい不思議なんだけど」
「それふつうに頭おかしいだけだろ。病院行けよ」
「まこっちゃんのクリスマスプレゼント買いに来てさあ、実はこの店来んの今日が初めてなんだけど、いろんな物あるから迷っちゃった」
「……その話、興味ねえし」
「オージへの分はもうちょっと真剣に悩んで決めるから楽しみにしててな。あ、欲しい物とかある?」
「は、誰もお前からもらってやるなんて云ってねえ。欲しい物があってもお前からはいらねえし」
「あはっ、オージかわいいっ。そんなこと云って結局もらってくれるくせにっ」
「かわいいって云うなって昨日も云っただろ、記憶力無さ過ぎんだろ、うっせえよばか絶対もらわねえし」
オージは腕の中のボウルセットをぎゅっと握り締めた。
そんな二人の会話をニコがほくほく聞いている。
あーもうかわいいっ、と叫んでオージに飛びついたひめかわはコンマ数秒後に鳩尾を押さえて蹲っていた。
気づくと女性店員が声を張り上げている。
「あ、ひめの番号呼ばれてるよ」
ごく自然に手を差し出したニコの助けを借りて立ち上がったひめかわは「あ、そだ。クリスマスパーティーだけど、ベリベでするから後でまた決まり次第時間とかメールすんねっ」と云い残し、この後バイト、と名残惜しそうに去って行った。
その後姿に手を振ったニコは「まこっちゃんより真剣に選ぶってさ、よかったねオージ」と云ってオージに無視された。
ようやく会計の順番が回ってきたオージは一番シンプルなラッピングの番号を告げてさっさとカード会計を済ませた。
「楽しみだなっ、今年のクリスマスパーティーはっ」
ニコの言葉にオージは空かさず「そうでもねえよ」と返答した。
行かない、とひめかわに即答しなかった自分に呆れつつオージは受け取った番号札を手の中で回した。
それから、光さんの分はどうしよう、などといった考えで思考を紛らわせた。
091217
オージ、待ってるからな。うん。待ってる。(by 光)