スイーツの新商品ばかり詰まった袋を提げたニコはコンビニを出ると、駅前ロータリーに見覚えのある車が停車していることに気づいた。
「お、やっぱ信哉だ」。
こんこん、と窓を叩いてみる。
運転席で目を瞑っていた信哉は片目だけ開けニコの姿を確認すると助手席のロックを解除する。
「はい、あけましておめでとうございますっ」、助手席に滑り込んだニコは元気良く新年の挨拶を済ませると膝上で袋を抱え直した。
「オージが来たらその席、空けろよ」、ニコが抱いている袋の中身を横目で確認した信哉は呆れたような表情を浮かべて云う。
「うわっ、冷酷だなあ、信哉ってば。それでも人間っ?」
「悪かったな」
「あははっ。謝られちゃったっ。それより、信哉も云ってよ」
「何をだ」
「新年の挨拶。って、その前に今日がどういう日だか分かってる?」
「何がおめでたいんだか」、ニコの喋りを遮って信哉があくびした。「おれにはさっぱりわけが分からない」。
あはは信哉らしー、と笑いながらニコは早速、袋の中からミルクプリンを取り出して蓋を開けた。
「シート汚すなよ」、信哉の忠告にニコは元気良く返答した。
はいはーい。
「返事は一回」
「はあい」
「伸ばすな」
「はいっ」
「りきむな」
「は、はいっ」
「噛むな」
「えへ。はい。……うわ、おいしっ」
ニコは目を潤ませながら透明のプラスチックスプーンにのせたミルクプリンを信哉の口元に運んだ。
「オージ、今日、宮沢に行ってんだね。そんなに心配?」
「心配? 何がだ」
「信哉、いらいらしてる」
「ふうん、分かるのか」
「だいたい分かるよん。あと、これ、ほんとにおいしいから食べてください。こう見えてプリンだよ」
差し出されたミルクプリンを信哉は断った。
「遠慮する」
「騙されたと思って、一口だけ。ね、」
「騙されたと思いながら食べる物がおいしいわけないだろ。そんなにおいしいなら自分で食えば良い。おれに構うな」
でも、だって、ほんとにおいしいんだもん。
と云いつつニコは結局自分一人でミルクプリンを完食した。
その間にも信哉は携帯電話の待受画面を数回確認しつつ、小町の格好をしたオージが改札から出てくるのを待った。
フ ァ ー ス ト ・ プ デ ィ ン グ
白いコートを羽織ったオージがシートベルトを締めたのを確認した信哉はアクセルを踏んだ。
車は静かに発進する。
間も無く赤信号で掴まった車の前の横断歩道を女の子と男の子が手を繋いで駆けて行く。
初詣の帰りだろうか。
すでに慣れた手つきでウィッグを外しつつオージが見ていると両親と祖父母らしきが追いついた。会話の内容は聞こえて来ないが見るからに楽しそうだ。
身を捩り後部座席へ外したウィッグを置いたオージはようやく「ん?」と、鼻をひくつかせた。
「……ニコの?」
甘い臭いが漂っていた所為だろう。
信哉はオージにニコと会ったことを話した。
「ああ、それで」、オージの声が心なしか柔らかくなる。信哉は宮沢家の話題を持ち掛けることを控えた。
オージにとって宮沢は実家とは云え気のおけない場所では決して無い。親族のほとんどは年明け早々訪問したオージを歓迎しなかったろうし、まして、今は亡き前当主候補であった小町の格好をして現れるのだ、誰も良い顔をしない事は実際に立ち会わなくても分かることだ。それでもオージが宮沢を訪れるのは、本人曰く「小町の為だ」とのことらしいがそれで納得できる信哉ではない。しかし納得できないからと云ってオージの自発的な行いを制限するような真似もできなかった。誰かから強制されているわけではない。オージはすすんで足を運ぶのだ。そこにどんな真意があろうともしくは無かろうと、踏み入ることはできなかった。
(おれにはそうする資格が無い)。
事情を知っているニコは「だいたい信哉は、考え過ぎ。助けを求めるためじゃなくて呪いをかけるための電話だったかも知れないんだよ小町の最後の発信は」と、ニコならではのぎりぎり発言で信哉を気遣ってくれるが、もしそうだったとしても、もう確かめようが無いのだ、実際にどうだったかは。だから少しでもその可能性がある以上、つまりこれからも信哉は小町の死の責任の一端を担う役を降りることはないだろう。オージに構う理由もある部分においてはそこに帰結する。だが、オージに関してはそればかりではない。
オージはサイドボードに置いてある未開封のミルクプリンを手に取った。
「これ、食べても良いですか」
「ああ。ニコが、オージに渡して欲しい、と云って置いて行ったやつだ」
歩行者信号の青が点滅する。
それを見て慌てた女の子が横断歩道の真ん中で転ぶ。
信哉は女の子が泣き喚くだろうと予想したがそれはおおいに外れた。女の子はすっくと起き上がると走って横断歩道を渡り終えたのだ。けろっとした顔をしている。むしろ今にも泣き出しそうなのは女の子を囲む大人達の方だった。
「……えらいな」、車を発進させた信哉は感心の言葉を呟いた。
ミルクプリンを口にしたオージが「……おいしい」と呟くのと重なった。
「おいしいか、それ」
「信哉さんも、食べますか」
透明のプラスチックスプーンにはすでにミルクプリンがのっている。
運転の集中力は途切れさせないよう注意しながら信哉はそれを食べた。
「なるほど、確かにおいしいな。オージの云った通りだ」。
そう云って信哉は頷く。
この光景をニコが見ていたら、それこそ子供のように頬を膨らませそうだ。
罪を免れるためじゃない。
オージが、大切なんだ。
好きや嫌いのことじゃない。
あの日、オージが、おれの世界を変えたから。
いつも。いつも。いつも。
「オージ」
「……はい?」
「オージは、ひめかわを好きか」
その質問にオージがミルクプリンを吹き出しそうになった。
「……っ、急に何云い出すんですか、わけ分かんないです、」
「いつも云っていることだが、何か困った時はおれに相談しろよ。あいつ、ぼっこぼこにしてやるから」
信哉さん、と呼びかけて目を上げたオージはその横顔を見て気づいた。
そうか。
もう、手を離すんだ。
「手段はあるからな。いくらでも、あるんだから。心配するな」
「……あなたが心配です。信哉さん」
俯いた拍子にプリンの蓋の裏側に目をやったオージはそこに大吉の文字を見つけた。
どうやらおみくじになっていたようなのだ。
しかしミルクプリンの欠片がくっついて、大の文字は犬とも見えた。
オージはそれでも機嫌が良かった。
朝が来るたび黒い瞳には新しい世界が映る。
自ら閉ざしてしまわない限りそれは約束されたも同然のことだろう。
091230
えー。おれのは食べてくれなかったクセにー。 (byニコ)