学校帰り、コンビニで買ったフランクフルトに食いつきながら歩いていたエースは前方に何か発見したのか「あ」と声を上げて立ち止まった。
同じくフランクフルトを手にした松橋が振り返る。
「どうかしたか、エース?」
「ありゃ姫害だな」
「ひめがい?」
「水の水害、天災の災害、姫川一馬が原因だと略して姫害。……ほら、あれが姫害の現場だ。見ろ」
エースの目線を辿った松橋は「あっ」と声を上げるとフランクフルトを持った手を振りながら駆け出そうとした。
「待て待て」
「なんだよ、離せ、エースっ」
「お前、オージくんのことはもうどうでもいいんじゃなかったのかよ」
「ああ、どうでもいい。おれはあんな薄汚いヤローなんかほんとにどうでもいいね」
「じゃ、もちょっと一緒に見てようぜ。壁際に追い詰められてるオージくん」
「……うっ」
「うわ、追い詰めてる方って、隣のクラスの女子達じゃん。嫉妬ってもんは怖いよなあ」
口では怖い怖いと云いながら明らかに面白がってニヤニヤしているエースは松橋の肩に腕を回した。
「な、何やってんだ、あいつら」
質問の声が上擦る松橋の表情を下から見上げるように覗き込んだエースは意地悪く、ニタリ、と笑った。
「で、どうすんの。まだ、どうでもいいの?」
お前の手口はいちいち汚ねえんだよ、と叫んだ松橋がエースの腕を振りほどこうとした時だった。
二人の横を誰かが駆けて行った。
風になびく黒髪。
西高制服の女子。
「あ、今の、有坂さんだ」
「ほんとだ。あの後ろ姿は有坂さん。て、うわ、何やってんだ。まさか単身で突撃とか、」
松橋が云い終わらない内に有坂の声が辺りに響いた。
「ごめん、かずくん、待ったっ?」


フ ォ ー ・ ア ワ ー




数分後。
エース、松橋、有坂、オージの四人はファストフード店内で大皿のフライドポテトを食べていた。
「しっかし珍しい組み合わせだなあ、今回」
メンバーの顔をぐるりと見渡して感想を述べたエースは最後に有坂の上で目を留めた。
「アーサって、おっきい声、出せるんだ。初めて聞いた」
てかお前いつからアーサ呼びだよ。
つっこむ松橋の向かいで有坂は嬉しそうにしている。
「ううん、良いの。あたし、苗字で呼ばれること多いから。苗字以外で呼んでもらえると、すごく、嬉しい」
はにかむように笑いコーヒーップに口を付けた有坂に松橋の胸が一瞬、きゅん、と鳴ったことは秘密。ただしエースにバレバレであることは間違いない。
「それにね」、カップから顔を上げた有坂の頬は蒸気のせいか少し赤くなっている。
「思い切った方が良いの。思い切った方がうまくいくの。何事も」
自分の中で確固たる根拠があるのか珍しく強気な口調で有坂が力説する。
だってさ、とエースは松橋の脇腹を肘で突いた。
「だってさ、松橋。ちゃんと聞いたか?」
「何が」
「何がって、まあ、そりゃあ。ねえ?」
「もったいぶらず云えっ」
苛立ちを募らせた松橋から目を逸らしたエースは有坂の方へ身を乗り出した。
「こいつね、さっきは見ぬフリ。オージくんが窮地に陥ってるのに見ぬフリだぜ。最低じゃん」
「お、お前が誘導したんだろうがっ」
かろうじて反論しながら松橋は横目でおそるおそるオージを見る。
会話の内容に興味が無いのか反応するのが面倒なのか窓から外を眺めている。
ぼさぼさの髪の毛は相変わらずだ。
重過ぎる前髪がめがねの縁にかかっており、そのめがねもまた、非常にぶ厚いレンズと黒太縁だ。素顔を知らない人間が見れば素顔はほとんど見えてこないだろう。

うわ、なに、おれ、なに、こいつに、こんなやつに、罪悪感なんか。
(抱くもんか)。
松橋は、ふん、と鼻に皺を寄せた。
(てか、こんなやつおれの友達じゃねえし)。
もさもさした頭部。サイズが合っていないのか、大き目の制服。
(どこから見たって汚えし)。
だけど、袖口からちょこっと出てる手とか、なんかちっちゃくて白いな。
(口は最凶に悪いし目つきは鬼だし)。
横顔だとちょうど目が見える。あ、睫毛ながっ。

外見に限って云えばこいつ実は超かわいくて超おれのタイプですけど何か?

って、どうなってんだ、おれ。

その時オージが顔を前に向けた。
唇がスローモーションのようにゆっくりと動く。
音は遠ざかり、無声映画のような光景。
瞬きする間も惜しんで松橋は唇の動きからオージの云わんとしていることを読み取ろうと努めた。
文字数は三。
母音はそれぞれ「ア」「イ」「エ」。
色々と組み合わせに試行錯誤していた松橋の脳内でふと何かが閃いた。

……ダ、イ、テ?

「……だ、抱いて、だと? オージ、お前、人をからかうのも大概にしろよっ。だいたいなあ、お前みたいな男は抱けねえっての。仮にお前が男じゃなくて女だとしてもだな、まあお前が女だとしたらたぶんすっげえ大和撫子な感じに仕上がってると思うんだけど、そんなだとしても中身がお前である以上はおれは断じて抱、抱けな、あっ、いや、抱ける! ……くはあっ!」
その時、テーブルの上に鮮血が滴った。
「松橋くん、鼻血が」
有坂の差し出すティッシュを受け取った松橋は自己の失態に耐えられずトイレへ駆け出した。
顎に手をあてて真剣な目でエースが呟く、「そろそろ卒業させてやらんと本当にヤバイな、あいつ。どうやら欲求不満が頭にきてる」。



「……サ、イ、テー」。
慌てて席を外す松橋の背中に視線を投げかけながらオージが呟く。
「はあ。今日はまじでサイテーだ」
「最低。何が? 松橋のこと?」、テーブルに滴った血を拭き取りながらエースが顔を上げる。
「松橋は関係無い。女に助けられたことだよ」、 いつにも増して不機嫌な口調でオージが吐き捨てると有坂がフォローする。
「そ、そんな。あたし、そんな、助けたとか大きなことしたつもりは、」
「……しかもあんた、あのばかずまの名前使いやがったな。つまりおれはばかずまに借りができたってことだ。サイテー過ぎる」
「ち、違うよ」
「……何が。違うなら違いを説明しろよ」
オージに見上げられた有坂は何故かエースに視線を向ける。
ぽかん、とした顔でエースが頷くと有坂は途端に自信を得たように微笑んだ。
「あのね。オージくん。あたしもね、前、同じようなことあったんだ。かずくんと付き合い始めた頃にね。最初の内は無視されたり陰で云われたりとかだったんだけど、だんだん面と向かって云われるようになってきて。まあ、あたしとしては、面と向かって云われた方が、ラク、なんだけどね」
だから、と続く有坂の話をオージが遮った。
「……そ。あんたは原因はっきりしてるけど。でも、おれあいつと付き合ってねえし、そもそも。別れろ、とか、付きまとうな、とか云われる理由ねえし」
うわ。ひめ、今日お前まこっちゃんと別ルート帰りで成功だ。
そんなことを考えながら、ほっ、と安堵の息を吐くエースだった。
「あー、オージくん。こういうことって、初めてじゃないよな?」
「……こういうこと?」、オージの目が今度はエースに向く。
「ひめに云っちゃえば良いじゃん。ある意味あいつが原因でしょ。オージくんに付きまとうことに忙しくて前ほど付き合い良くないのは確かだし。ま、おれとか松橋とかまこっちゃんとの付き合いは変わらないけどな。オージくんは、どうしてひめに文句云わないわけ?」
エースの顔を睨むように見つめていたオージが本当に不思議そうに首を傾げた。
「……だって、あいつは何も悪くねえじゃん」
「じゃ、どうして逃げないの。いくら一対多数だったとしてもさ、逃げるくらいできんじゃないの?」
今度はオージにとっても予想外の質問だったようだ。
エースは背凭れに体を預け、オージに考える時間を与えた。
その間、有坂はオージの横顔を見ながら(わあ、ほっぺた、ぷにりたいっ)と考えていた。実は無類のほっぺたフェチの有坂だった。

ようやく顔を上げたオージは左隣の有坂から送られてくる熱い視線を不審に思いつつ口を開いた。
「……ひめかわって、お前らの学校じゃアイドルなんだろ。ま、おれにはぜんっぜんわけ分かんねえけど。そっちの世界ではアイドルなんだろ」
「まあね」
「……じゃ、困んだろ。おれが逃げたら」
ん?
今度はエースが首を捻る番だった。
「オージくん、ごめん。今の、どういう意味。分かんなかった」
「……だから、おれが逃げたら今度はひめかわが困んだろ、たぶん」
椅子から腰を浮かしかけていたオージは途中で我に返ると、もう喋らない、と決め込み再び窓の外の景色に没頭してしまった。

(……てかさ、オージくん。それ、よっぽど愛じゃん)。

思ったことをそのまま口にするほどエースはバカな男ではない。

「ふうん。オージくんって、そういうデレ方なんだあ」。

が、脚色した挙句に危険度を増した台詞を発言してしまうことは彼の特性の一つだ。

オージの頬が、ぴくん、と痙攣する。
たはは、と笑うエースの向かい側で有坂が猛烈に(ぷにりたい)症状に罹っていた。

一方その頃、松橋はトイレのドアから三人の座るテーブルを覗き見していた。
エース、笑っている。ますますタレ目。あいつまじでホスト面だな。
有坂、顔色がすこぶる良い。オージの横顔を観察している。何故か目が輝いている。
で、オージ、いつも通り。
よし、いつも通り。
「っしゃ」、水で濡らした手で自分の顔を叩いた松橋は気合を入れて席へ戻った。

「でさ、その時の松橋の格好がさあ、」
「って、おれの話かよっ」
「あ、松橋。おっかえりい。お前がいないと話が盛り上がらなくて退屈だったよ」
「……そ、そうなのか? 不覚にも少し嬉しい」
「だからお前の恥ずかしい話で盛り上げてた」
「……なあ。他にネタあるよな? おれの恥ずかしい話とかじゃなくて、他に、普通にあるよな?」
「うーん。じゃ、お前がオージくんの素顔が好み過ぎて困るって本気で悩んでる話はしても良いか?」
「……してんじゃねえかっ。うう。もう消えてえよ、おれ!」
そう云って帰りかけた松橋の肘をエースが掴んだ。
「おい、待てよ。松橋」
振り返った松橋は「どうせ三人の方が楽しいだろ」と不貞腐れて嫌味を云う。
「駄目だ、松橋。お前をこのまま帰すわけにはいかない。どうしても帰りたいって云うんなら、」
「なら?」
松橋が涙目で見下ろすとエースの表情がキリっと引き締まった。
「自分が食った分の金を、置いて行け」。
そっちかよ、と声を荒げた松橋は「ああ、むしろ絶対一緒に店出る」と元の場所に座り直した。
エースと松橋の一連のやり取りを見ていた有坂が「息ぴったしだね」と感心したように拍手する。
その隣でオージはすっかり冷めてふにゃふにゃになったフライドポテトを摘んでいた。これはつまり食に関する嗜好。オージは冷え切ったフライドポテトを愛する。

駅までの道を歩きながら四人は影踏みを始めた。
「って、これじゃずっとオージがオニじゃん」
ちっとは動くなりして参加しろよなお前もよ、とオージの肩を突き飛ばした松橋の背後に誰かが立った。伸びた影が松橋の全身を覆う。
「あ、信哉さん。どうもこんにちは。試験、お疲れです」、 松橋の背後に立つ人物に向かいエースがお辞儀する。
「し、信哉さんなのかっ?」、エースの挨拶を聞いていた松橋は体を返すのとほぼ同時にその場で土下座した。
「すすすみませんでしたあっ。オージくんの肩を強く押してしまって本当に申し訳ございませんでしたあっ」、土下座の姿勢で後ずさりする松橋の頭上から笑い声が漏れてくる。

「……ん?」
嫌な予感がして顔を上げた松橋はそこにニコの姿を認めた。
「……エースのやつ、騙しやがったな」、しかし素知らぬ顔で先を歩いているエースに食って掛かる気力は松橋にはもう残されていなかった。
「ああ、どうしてかな。今日はニコが天使に見える……」
「だって天使だもんね。あはっ」
「ありえねえ。って云いたいけど何故か今は許せる……」
ふらふらと立ち上がった松橋はニコの肩に頭を乗せた。
「うわ、やつれてる。でも、だからって八つ当たりしてオージ困らせたらいやだよ。そんなことしたら、おれ、松橋のことぶっ殺しちゃうかも、あはっ」
「云い方かわいいけど云ってること全然かわいくねえ!」
情けない悲鳴と共に松橋が縮み上がった。

「さて、オージくん」
道の端をすたすた歩いていたオージはエースの声に少し振り返った。
胡散臭い笑みを確認した後、小さく溜息を吐きながら視線を元に戻す。
そんなオージの反応に構わずエースは話しかける。
「逆転すると思うけどなあ」
「……は、逆転?」
「オージくんが、めがね取ったら。めがね取って、ヘアスタイル変えて、時々挨拶とかするようになったら。今度はひめが被害者だな。うーん、名づけて王害ってとこかな」
聞いていたオージがぼそりと呟く、「……ばかの考えだな」。
「ばかですから」
「……開き直んな、ばか」
「うん、だから、ばかです」
オージは立ち止まってエースを振り返るともう一度しっかり「ばあか」と云い、踵を返した。
「あ、おれ今ちょっとひめの気持ち分かってる。いや、だいぶ分かってる。うわ、すげえ、あ、すげえ。これか、こういうことだったのかーひめー」
何かに目覚めたエースは肩のバッグを掛け直し、オージの影を追いかけるのだった。


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……ぷにぷにしたいぷにぷにしたいぷにぷにしたい……。(by アーサ)