むかしあるところに王子さまと王女さまがいました。ふたりは同じ日に生まれたのでとてもよく似ていました。まわりの者がまちがえてしまうことがあるくらいよく似ていましたので、王女さまは、ときどき王子さまと入れ替わってあそびました。
ところで王子さまと王女さまは二匹の猫をかっていました。白い猫と黒い猫です。猫は見た目ばかりでなく頭も良い利口な猫でしたが、そんな二匹でも王子さまと王女さまを見分けられないことがありました。
さて、そんなある日、お城の中で事件が起こりました。
女王さまと王さまと王女さまが殺されてしまったのです。三人を刺したのは庭師の青年でした。彼は職業柄、大きなハサミを持っていました。
庭師はいつもはお城のお庭をきれいにととのえて女王さまや王さまを喜ばせます。庭師はとても有能な男です。女王さまはときどきこう云います。庭師を王女さまのお婿に迎えたいくらいだわと云います。庭師もそれが本当になったらどんなに良いことかと夢見ています。なぜなら庭師はいつもお庭の一番高い木に登る時、部屋で本を読んでいる王女さまを見ていたからです。読書に集中している王女さまはお庭で遊びまわっている時のいたずら好きな王女さまとは似ても似つきません。まるで別人のようです。
庭師は本を読んでいる王女さまが一番だいすきでした。
王女さまを世界で一番愛しているのは自分だと思いました。
読書中の王女さまは同じ位置の同じ椅子に腰掛け、窓にはいつも左向きの顔を向けています。だからお庭の庭師は王女さまの左の耳にほくろがあることを知っています。
事件の夜、女王さまと王さまと王女さまを刺してしまった庭師は王女さまの死体を見下ろし、自分はなんてことをしてしまったんだろう、と思いました。しかし後悔しても取り返しのつくことではありません。庭師は決して自分の物になることはなかった王女さまを抱きしめました。もし王女さまが生きていたら抱きしめることなどできなかったでしょう。庭師は哀しむべきか喜ぶべきか分かりませんでした。庭師は王女さまの顔を見下ろし、やっぱりなんときれいでかわいいひとだろう、と思いました。いつもお庭からながめるばかりだった王女さまを初めてまぢかで見ることができました。こんなに愛する王女さまと結婚できないのだからやっぱり自分はこうするしかなかったのだ、と考えることで庭師は自分を落ち着かせました。
しかしその直後、庭師は王女さまの顔をながめていてあることに気づきます。
驚きのあまり絶望した庭師は自分もハサミで刺して死んでしまいます。
さて、問題です。
庭師は何にそんなにおどろいたのでしょう?
ラ ブ リ ー ・ ブ ラ ウ ニ ー 6
答えは、左の耳のほくろです。
血を流している王女さまの耳にほくろが見当たらなかったのです。
では庭師が王女さまだと思って刺してしまった人は実は別の人だったのでしょうか。
哀れなことに庭師は自分があんなにも思い詰めた人をではなくまったく関係の無い人を刺してしまったのでしょうか。
その勘違いに気づき罪悪感で絶望したのでしょうか。
いいえ、違います。
では庭師が刺してしまった人は誰だったのでしょう。
それはもちろん王女さまです。
本当の王女さまです。
だんだんとこんがらがって分からなくなってきましたか。
そんな人はおはなしをもう一度始めから読んでみましょう。
あるところに王子さまと王女さまがおり、ふたりは飼い猫にも見分けの付かないくらいよく似ていたのです。庭師は本を読んでいる王女さまがだいすきでした。しかし王子さまと王女さまは飼い猫にも見分けの付かないくらいよく似ていたものですから、庭師にだってその違いが分かるはずなど無かったのです。
庭師は最初から間違いを犯していたのです。
毎日のようにお庭から覗いていた王女さまが王女さまではなかったこと、それが実は王女さまと入れ替わりをさせられた王子さまであったことに気づかなかったのです。
一番大好きな王女さま、自分が一番愛していると思っていた王女さまのことを自分は何も知らなかった。
そのことばかりでなく、すでに三人を刺してしまった後、お城から逃げられる術もないこと。
庭師が本当に愛した「左耳のほくろ」を持つ「王女」さまにもう二度と、ふれるどころか会うことも、声も聞くこともできないまま罪を償わねばならないこと。
そして何より、自分が「左耳にほくろのない」王女さまを刺してしまうくらいに愛していた、と「左耳にほくろのある」王女さまが知ることになること。
それらすべてが耐えがたく、また、どうにも逃げ場もありませんでしたので庭師は自分を死なせるに至ったのです。
女王さまと王さまと王女さまがいなくなった後、ひとりぼっちになった王子さまはお城を出て行きました。
お城の者は王子さまが出て行くことを知ってほっとしました。
白い猫と黒い猫が王子さまのお供をしました。
王子さまは初めてお城を出て街へ行ってみました。街は事件の話で持ち切りでした。服屋、靴屋、食べ物屋。どこへ行っても何を見ても聞こえてくるのは王子さまにとって哀しいことばかり。
お城での出来事は日が経つにつれだんだんと街の中に知れ渡っていきました。いったい誰が情報を漏らしているのか分かりませんが、今や事件のことを知らない者はよそから訪れた旅人ばかり、というほどでした。王子さまはできるだけ目立たないかっこうをして生活をしました。服と靴を街で買ったものに変えましたが、それでも心配でしたので髪の毛をぼさぼさに、顔には仮面をかぶりました。
ある日、買い物をしていた王子さまは街の看板でこんな記事を見つけました。
お城で起こった大惨事
まあ大変
庭師が殺した王女さま
実は大変ないじわる
王子さまは驚きました。
確かに王女さまはイタズラ好きでしたし活発なところはありましたが「大変ないじわる」と書かれるほどいじわるではありません。それどころかときどき自分のお菓子を分けてくれることもある、やさしい一面ももっていたのです。しかしこの記事がきっかけで街の人々の王女さまへの印象はどんどんと悪い方へ変わっていきました。しまいには「庭師が王女さまを殺してしまったことは仕方の無いことだ、悪いのは庭師を追い詰めた王女さまだ、かわいそうなのは庭師だ」と云い出す人まであらわれました。王女さまは徹底的にわるもの扱いされるようになりました。そして王子さまも知らなかったような王女さまのことがどんどんと街にひろまっていきました。街の人々はやがて王女さまによく似た王子さまのことを思い出しました。あいつはどこへいったんだろう。あいつはどうして生き残ったんだ。さまざまなおくそくが飛び交いました。王女さまの似顔絵が街中にぺたぺたと貼られました。子どもがその下に「わるいやつ」と書きました。
行きつけの食べ物屋さんのおかみさんがある日王子さまにいいました。
「あたしは知ってるよ。あんたお城から逃げてきた王子だろう。ほんとはあんたが殺されるべきだったんだ。そうすりゃ王女さまは女王さまになって、この街の人間だってもうちょっと仕事してたよ」。
そうです、街の人々はもう事件のことで頭がいっぱいで仕事が手に着かなくなっていたのです。
王子さまはせっかく慣れてきた街を出て行くことに決めました。
この時も白い猫と黒い猫は王子さまのお供をしました。
王子さまは自分を知っているひとがいない場所に家を建て、名前も少し変えました。
王子さまはときどき先生のところへ行っておくすりをもらいました。先生は王子さまの正体を知っても街のおかみさんのようなことを云いませんでした。王子さまは、こういうひともいるんだな、と思いました。
新しい家にも王女さまのわるくちが書かれた手紙や、ひどい時には庭師が使っていたのと同じハサミが届くことなんかがありましたが、それも少しずつ少しずつ減ってきました。
王子さまの元気も少しずつ、ほんとうに少しずつですが戻ってきて、白い猫と黒い猫は、これはたいへん良いことだと喜びました。その頃、二匹の猫は利口なばかりではなくとても強い猫でした。王子さまが街を歩いていた時、いきなり殴りかかられたことがあります。白い猫と黒い猫は、そういうこともあるのか、と分かったので強くならなければならないと思いました。そうでないと誰も王子さまを守ってくれないのです。
ここまでだまっていましたが実は二匹の猫は王子さまに対して忘れられない恩があるのです。
ずっと小さいころのことです。二匹の猫は王女さまが作った落とし穴に落ちてしまったことがあります。お城の者は「猫だから見つからない」と云ってさがそうとしませんでした。王女さまも穴を作ったことをすっかり忘れてしまっておりました。二匹の猫は穴から空を見上げてなき続けました。自分達は猫だから働き手にならないから埋められてしまうんだ。ほんとうの子どもじゃないから猫だから埋められてしまうんだ。そう思いました。その時、二匹のことを思い出して助けに来てくれたのが王子さまでした。王子さまは王女さまのかっこうをさせられていたので二匹は最初それを王女さまと思いましたが、やはりそれは王子さまだったのです。
こんなことがありますので白い猫と黒い猫は王子さまが大好きです。ですから、自分たちの恩人である王子さまのことを言葉で傷つけたり、ぶったりたたいたりしていじめたりするやつがいるとなると、もう、腹が立って腹が立って仕方ありません。地の果てまで追いかけ、必ずつかまえ、つるしあげ、おびえさせ、こてんぱんにこらしめ、もう二度と王子さまに近付かないよう教えなければなりません。
ですがいつでも王子さまを見つめていることもできません。二匹は自分達のかわりに王子さまをたすけてくれるやつがもうひとり必要だと思いました。白い猫は「エサをまいておこう」と云って道ばたにアメを置きました。黒い猫は「そんなので見つかるわけがないだろう」と云いましたが見つかりました。二匹の猫はうれしくてニコニコと笑いました。
やがてあたらしい春がきました。
花のつぼみだってやわらかく開きますが王子さまはいっこうに仮面を外す気配がありません。
そんなある日、王子さまはお姫さまに出会いました。
お姫さまは王子さまにひと目ぼれしてしまってからというもの、毎日のように会いに来ます。王子さまはそんなお姫さまのことが恐くて仕方がありません。お姫さまは街からやって来たスパイかも知れませんし、王女さまのことをきらいなひとかも知れませんし、もしかすると復讐に燃える庭師の家族かも知れません。ですので王子さまはお姫さまとあまり仲良くしないようにしました。そうすればお姫さまも諦めて去って行くでしょう。
しかしお姫さまは毎日のように友だちを連れてきて遊んでくれたり色々なおはなしを聞かせてくれます。友だちも王子さまにやさしいです。しかし王子さまはお姫さまを信用できません。友だちも信用できません。それでも王子さまはお姫さまやその友だちに会うのが少しずつ楽しくなっていきました。お姫さまは、よく、王子さまは仮面を外したほうがいいと云います。そのほうが世界がよく見えると云います。世界はきれいだと云います。しかし王子さまが勇気をふりしぼっていざ仮面を外そうとすると嫌な思い出がたくさんよみがえってきます。
王子さまは仮面を外したい。だけどできない。いつも自分を守ってくれる二匹の猫にももうこれ以上面倒をかけさせたくないし、本当は自分だって世界がきれいだと心のどこかでは分かっている。目や耳が小さかったころ、女王さまと王さまと王女さまと一緒に楽しかった日々のことを覚えている。もし何かあってもお姫さまは助けてくれるでしょう。王子さまを見捨てないでしょう。そのことだって、ちゃんと分かっているのです。いつかは仮面を外さなければならないことも、そして本当は誰よりも自分が、一番強く、願っていることを。
そう。
今の王子さまに必要なのは、ただ一つ、仮面を割るチカラです。
100202