「ニコってほんとに甘いもの好きだよな」
今日一日で紙袋いっぱいに溜まったチョコレートを次々と頬張り御満悦なニコの隣を、呆れ顔のオージが歩く。
「うん。好き。大好き」
「……う、見てるこっちが吐きそう」
甘い食べ物が苦手なオージでなくともそう云ってしまいそうになるくらい、ニコの食べっぷりは尋常では無い。しかしそうやって嬉しそうに食べてくれるからこそニコの元には毎年たくさんのチョコレートが贈られてくる。誰だって自分からの贈り物を喜んでくれる相手には与えたくなるものだ。
「……はあ。何故か光さんの分まで受け取ってしまった」
右手の荷物を左手に持ち替えながらオージが呟く。
今年のバレンタインは日曜だからと気を抜いていたが実際は週明けの月曜に振り替えられただけだったようだ。登校した靴箱でオージは早くも数名の女子に囲まれた。教室に入ると机の中にもすでにいくつかの箱が押し込まれているのが見え、鞄を置こうと棚を見るとそこもすでに飽和状態に達しようとしているところだった。それらは全てオージ経由で信哉の手元に届くことが期待されている。前生徒会長の本人は校内に菓子類を持ち込むこと自体を良しとしない。直接持って行こうものなら受け取ってもらえないどころか怒らせる可能性がある。そこで信哉と繋がりのあるオージが経由される仕組みだ。
「……めんどくせ」、左手に持ち替えた荷物を再び右手に移しながらオージが前進する。
その時、ココアパウダーをまぶしたトリュフを口に放り込んだニコが「あっ」と声を上げた。
んっ、と後ろを振り返ったオージは自分の歩いた道の上にチョコレートの落し物が点々と落ちているのを見た。
どうやら重みに耐えかねた紙袋に穴が開いてしまったようだ。
「……うわ、信じらんねえ。破けたし」
いっそこのまま落としておこうか。
オージが遠い目を始めた時、遠くから落ちたチョコレートを拾いながら近付いてくる西高生の姿が見えた。


チ ョ コ レ ー ト ・ パ パ パ ニ ッ ク 2




「はいオージ、これ落とし物。えへんっ」
腕いっぱいのチョコレートをオージに手渡したひめかわは明らかに意図的であるにも関わらず「こんな場所で会えるなんてほんとすごい偶然だなっ」と云い張った。
「それにしても、オージ、そんなにいっぱいもらったんだ。おれ、ちょっと哀しいな……」
「違う。おれじゃねえし。信哉さん宛てばっかだよ」
オージの答えを聞いたひめかわは曇りかけていた顔を途端に輝かせた。
「あ、そ、そうなんだっ。なあんだっ」
ほっと胸を撫で下ろしているひめかわが肩に担いでいる鞄をニコが後ろからつつく。
「なあ、ひめ。ひめの鞄さ、今日すっげえ膨らんでるのってこれやっぱ中身はもらったチョコレート?」
う。
低い一言を呻いたひめかわはオージの表情を盗み見たがそこに特別な変化は見られない。答えを待つニコの袖を掴むと電柱の陰に連れ込んだ。
「ニコ、頼むからオージに誤解されるようなこと云うなっ」
「うーん、どういうこと?」
「もしもオージがおれのためにチョコレート作って今ここに持って来てるんだとするじゃん」
「オージはそういうことしないと思うけどなあ」
「だから、もしも!」
「あ、もしもか。うん、それで?」
「うん。それで。うん、それで、えっと、おれにいつ渡そうかなって迷ってるとすんじゃん」
「うん」
「で、たまたま学校帰りに会えたとすんじゃん」
「実際会ったしね」
「じゃあ今しかない! ってせっかく思ったとしてもその時おれがすでにたくさんチョコレート持ってたんなら、ニコならどう思う?」
真顔で詰め寄ってくるひめかわを見つめながらニコは思考した。
そして結論を出した。
「それ全部ちょうだい。って云う」
訊ねる相手を間違った、とひめかわが肩を落とす。
「これでも残りはエースに頼んで部室に隠させてもらってんだ」
その時、先を歩いていたオージが二人の様子に気づき、苛立ったような目を向けてくる。
「……何こそこそしてんだ。どうでもいいけど、疲れた。おい、ひめかわ」
底の破れた紙袋を両手で抱えてわがままを云うオージにひめかわが嬉々として駆け寄る。
「じゃ、おっちゃんとこ行こ、ベリベ行こっ」

入口を入ったひめかわは店内を見回し、奥の席に見慣れた顔を見つけて大きく手を振った。
エースと松橋だ。
「うわ、エース案外少ないっ」
身軽そうなエースを見てひめかわが素直な感想を述べると隣の松橋が口を挟んだ。
「いやいや、エースの彼女にして西高歴代美人殿堂入りの篠先輩と張り合おうって考える女子はいないだろ」
「あ、そだね」
「そう云うひめはどうだったんだよ、朝から呼び出しくらいまくって例年に劣らず忙しそうにしてたじゃ……うごふっ!」
にやけながら質問してくる松橋の口をひめかわは慌てて両手で塞いだ。
「ま、松橋こそ何かもらってたじゃんっ。おれは今年は全然だったよっ。オージ、おれ本当に今年何ももらってないからっ。まだ、誰のチョコレートも食べてないからっ。ぜんっぜん、いや、本当に神に誓ってっ」
一人で取り乱すひめかわにオージは「だから?」とでも云いたげだ。運ばれてきたブレンドコーヒーをブラックのまま一口飲む。
事情を察したエースが全員の顔を見回しながら「ふうん」と意味深に笑っている。
「で、そのオージくんは随分と大漁だな」
「……だからこれは信哉さん宛てだって」
どいつもこいつも同じことばっか訊いてきやがって、と眉間に皺を寄せたオージの袋の中を覗き込んでいたニコが突然「あ」と短い声を上げ、指を差した。
「これ、オージ宛てだ」
この台詞に真っ先に食いついたのはひめかわで、ようやくひめかわの束縛から解放された松橋が一緒になってテーブルに身を乗り出す。
「まままじでっ」
ひめかわと松橋の、疑いと驚きと嘆きとそして一抹の寂しさが混じり合ったような視線を受けながらオージが袋の中から問題の一個を取り出す。そこには確かにオージの名前が書かれていた。確認したひめかわと松橋が手を取り合い目の縁に大粒の涙を浮かべる。そんな二人を無視して袋の中を改めて確認したオージは、信哉宛の多数に混じり自分宛の物も少なからずあることに初めて気づいた。一つももらえなかった去年に比べると大した違いだ。中には何故か同性からと思わしき物がいくつか混ざっている。事実を知ったひめかわと松橋が負け犬の遠吠えのような悲鳴を上げた。

「ところでさ、ニコちゃんもこれまた何気にすごいことになってんね。東高でさぞかし人気あるんだろうなあ。だってニコちゃん、黙ってれば爽やか系かっこいいだし黙ってなかったらなかったで面白系かわいいクンだもん。おれが女だったらひめよりニコちゃん派。間違いない。傍に居るだけで幸せになれそう」
ひめかわと松橋がオージに体を摺り寄せていっては足蹴にされている様子を横目にエースが云う。
何気に内容が口説き文句になりつつあるようだがそれはエースの無意識だ。
「あ、これね。うん、すごいでしょ」
自慢そうに袋の中を見せたニコはまた新たな包みを取り出すとラッピングを剥いでいった。
「だけどそれ、ニコちゃん全部食うの?」
「うん」
「体壊すよ」
「せっかくもらったんだし。それにおれ、」
デコレートチョコを手にしたニコがエースにきらきらの笑顔を送る。
「おれ、甘いもの、大好きだもん」


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