階段を二階へあがっていく姫川一馬の足取りは重かった。
両手で大切にかかえる白湯をこぼさないためだと誰へともなくいいわけしながら、謝罪の言葉を練っている。謝罪、もとい、弁解の。
いつもと同じ段目で木が軋んで音を立てる。その音が自室にいる彼の耳にも届くだろうことは分かっている。だから、思わず途中で歩みを止めてしまう。
「・・・おれの、せいだ」。
階段の途中でひめかわは俯く。
今年の春、進学のため地元を出て行ったオージが姫川家へ泊まりに戻ってきたのは入学以来、今回が初めてだ。いつもはひめかわのほうから遊びに行くか、宿泊を誘いかけても断られることがほとんどたったため、オージのほうから泊まりに行ってもいいかと連絡があった時ひめかわは自分が夢を見ているのではないかと思ったくらいだ。高校三年生だった一年間、オージが姫川家という同じ屋根の下に同居していたことことはそう昔ではない。一年も経っていない、最近といえば最近のことだ。それなのに離れ離れになってからというもの、会えもせずメールも交わさないまま過ぎてしまう一日分だけ距離が遠ざかるような錯覚にさみしい思いをした。
会いたい。
素直に伝えてしまえば自分は楽になるかもしれないが相手はどうだろう。一度や二度なら、うるさい、と片付けてしまえるかもしれない。しかし続けば重く感じられるようにもなるだろう。かと云って何も伝えないで我慢だけ続けてもますます疎遠になってしまうようで恐ろしい。素直と我慢のバランスが難しい。季節は春から夏、夏から秋、最近ようやく冬らしい風が吹き始め、ひめかわの忍耐力もいよいよどうにかなりそうな時だったのだ、オージのほうから願ってもいない申し出があったのは。
「・・・なあ。ひめかわ」。
電話で近況報告を交わし合うのさえ久しぶりだった。受話器の向こうのオージの声はあいかわらず愛想に欠けていたが、面と向かって話すのとはまた違った良さがある、とひめかわが思うのはその声が回線越しとはいえ耳元で聞こえる点である。オージと電話で話しているとひめかわはくすぐったいような気持ちになる。部屋の中で人目も気にせず寝転んで、右から左へ、左から右へと頻りに受話器をあてる耳を変えたりする。
「うん? どうしたの、オージ」。
「・・・迷惑だったら、べつにいいんだけどさ」。
「なに。云ってくれないと判断しようがないよ」。
ひめかわには見える。オージが困ったような顔をしているのが。一見わがままばかり云っているに見えて、実は相手の気持ちを慮ることに神経を集中させているのだ。自分が原因で誰かが不利益を被ることに異様なくらい気を揉む。
「・・・もし、都合が悪くなければ、だけど。来週あたり、お前のところ泊まりに行っても、いいか」。
ひめかわは確かに聞いた。
自分の頭上で教会の鐘が高らかに鳴り響くのを。
畳の上に寝転んでいた体をがばりと起こすと、目の前にオージがいるように大きくうなずく。
「う、うんっ。いいっ。いいよっ。い、いつにしよっか。おれオージがいる間、バイト全部キャンセルするしっ」。
「・・・なに、うわずった声出してんだよ。気持ち悪いな。あと、おれのことは構わなくていい。ただ、ちょっと、ゆっくりしたくなっただけだし」。
ひめかわの頭上で再度、鐘が鳴り響いた。
ゆっくりしたくなった。
オージが、ゆっくりできる場所として自分の家を選んでくれたとは。
つまりオージは、おれを選んでくれということだ。
ひめかわは涙の浮かぶ目をぎゅっと閉じて幸せを噛み締めた。
「オージ、うん、おれオージのこと一生、自分の命よりも大切にするからっ」。
「・・・なんの話をしてんだよ」。
呆れたようなオージの呟きも、ひめかわの満面の笑顔を曇らせることはできなかった。
約束通り次の週、オージは姫川家を訪れた。
宿泊一日目、最初の夜は互いの近況報告に始終した。といっても話すのも問いかけるのもひめかわのリードによるもので、口数少ないオージは訊かれたことに対して短く答えたり、ひめかわの話に適当な相槌を打つ程度だったが、それで会話が尽きることはなかった。途中、オージの異父兄であり保護者であり守護神のような二人の兄達のうちの一人である響信哉から狙い澄ましたとしか思えないタイミングで着信がありオージの現況報告をしなければならないという謎にして恒例の災難に見舞われはしたが、おおむね満足な一日だった。
地元大学の農学部に在学するひめかわはキュウリや土壌や肥料について、県外にある私立大学の法学部へ進んだオージは授業内容についてはあまり語らなかったが最近親しくなった生徒の話などをした。オージが話している間、ひめかわの顔は嫉妬によりリス並みに膨らみっぱなしだったが、新しい環境にちゃんと馴染んでいるらしいオージの話を聞いているうちに安堵の気持ちがまさり最後には笑顔を浮かべていた。
「オージ、えらいね。ちゃんと、社交してんだ」。
「・・・ばかにすんじゃねえよ、ばかずまのくせに」。
仰向けに眠ると月が見えていた。
「・・・カーテン、しめねえの。そういえば」。
「うん。だってさ、月が綺麗でしょ」。
「そうだな」。
「オージ、月が綺麗ですね」。
「・・・は? さっきも聞いたし」。
確信犯なのか無意識なのかひめかわの愛の言葉をかわしたオージは急に寒さを覚えたように毛布を鼻までひっぱりあげてひめかわのほうを向いた。
「・・・ひめかわ。あのさ、今回のことだけど」。
あ、オージが何か大事なこと伝えたがってる。
声のトーンからさっきまでと違う様子を察知したひめかわは、真剣に構え過ぎないよう、かといっていい加減に聞いているふうにならないよう、加減に注意しながら「どうしたの」と促した。
「・・・今回おれがここに来たこと、信哉さんには云わないで欲しいんだ」。
「えっ。さっき電話でばれたじゃん」。
「・・・うん。だけど、おまえが誘ったことにしといて欲しいんだよ。たぶん、後でまた電話くると思うんだけど」。
オージの言葉は真実だった。
事実、信哉は翌日もひめかわに電話をかけ、オージが案じていた通りの質問をする。
それは置いておいて、この時のオージがひどく真剣な表情をしていたのをひめかわは不思議に思った。
オージ、何を隠したいんだろ。
「・・・おれ、ときどき、薬が必要になるだろ」。
「・・・あ、うん」。
「そういうのと、関係があるんだけど」、オージがここでいったん言葉を切る。
ひめかわは毛布の下で見えない両手を握ったり開いたりした。
「最近、不注意になってて。少し、休みたいと思った、から」。
オージの言葉が途切れ途切れになる。
ひめかわは詳細を知りたかったが質問することは控えた。オージが何かを語ろうとするのを、隠そうとするのを、邪魔するつもりは微塵もなかった。
「・・・信哉さん、おれが自分の意思でここに来てるって分かったら、絶対、そのこと、疑うから。心配、かけたくないんだよ」。
オージの耳の上で満月がきらきらと光るのを、ひめかわは見ていた。オージの瞳は暗くて見えない。表情も、見えない。だから満月を見ていた。街の中で見るよりも、きっと大きなうさぎの影を。
「うん。約束する。云わない。だから安心していいんだよ、オージ」。
ひめかわの言葉にオージは頷きもしなければ返事もしなかった。
(おれになら心配をかけてもいいんだって、オージやっと分かってくれた)。
この時ひめかわの中では、ずっと掴みたくてたまらなかったものの一部に、やっと触れることのできた満足感があふれていた。掴むには程遠い。精いっぱいの努力を繰り返して、ほんの一部に触れただけ。それだけ。それだけ、でも、前進していた。ここまで、きた。きたんだ。これたんだ。
「オージ」。
「・・・何だよ」。
「オージが、好き。何よりも大好き」。
しばらくの沈黙の後、胡散臭い、と云われてしまったひめかわが「月が綺麗だよ」と囁く。
それは背側にあるくせに、振り返らなければ自分の瞳に映せもしないくせに、オージが返事する。
「・・・知ってる」。
胸が痛くなったひめかわは自分の中の乙女に気づかないわけにいかなかった。
オージは、刻一刻と成長している。
という蜜月は昨夜までのこと。
階段の途中で白湯が冷えるに任せるひめかわの中には後悔に似た動揺が広がっていた。
事の発端は約一時間以上前に遡る。
今日はたまたま両親が親戚宅へ法事で出ており、家には誰もいなかった。大学の友人たちとグループ課題に取り組んでいたひめかわは明りのほとんどない夜道を家へ向かって歩きながら、どうして今日に限ってグループのメンバーが積極的な討論を交わしたがったのか理解に苦しんだ。おかげで予定より大幅に時間がずれこんでしまい、帰宅が遅くなった。腕時計で時刻を確認し、オージはもうすでに戻った頃だろう、と推測する。今日はニコと会ってくるからと駅までで別れた。合鍵は渡しておいたから先に帰宅してくれているのならばそれでいい。ただ、一つ気がかりなことがあった。オージには恐ろしいものがある。それは、明かりのついていない家のドアだ。それを開けることはオージにとって勇気のいることだ。わざわざ深呼吸をしてさえ、達成できるかどうか分からない難関だ。何も知らない者から見れば、何をそこまで恐れる必要があるのかと理解に苦しむようなことだろう。しかしオージにとってみれば暗い家の入口は恐怖そのものの権化であり、それを避けるためなら何時間でも凍てつくまで家の外で住人の帰りを待ったほうがいいと思う類のものかもしれない。
オージを、待たせてしまっているかもしれない。
少なくともこの時点で、ひめかわの心配はただ「オージを待たせてしまった」、この一点に尽きた。
しかし、ようやく自宅の玄関が見える距離まで辿り着いたひめかわが見たものは、見覚えのある数名の姿だった。
「ひめ!」。
近寄れば、やはり大学の友人たちだったと分かる。
「・・・何、してんだよ」。
ひめかわが見たのは、彼らの後ろでうずくまっているオージの姿だ。しゃがんだ足元に胃の中から吐き出されたらしいものが落ちている。
「・・・どういう、ことだよ」。
「あ、あのさ。ひめ。怖い顔すんなよ。おれ達は、お前のことを待ち伏せしてたんだ。そこの影に隠れて、ひめが帰ってきたら一斉に脅かしてやろう、って。それで、課題のメンバーに頼んで足止めくわせてもらってたんだよ。ひめより先の電車に乗らなきゃ意味ないから」。
一人の言葉にもう一人が頷く。
「気配が近づいてきたから、ひめだろうって思って、出ていったんだ。だけど出てみれば、別人で」。
しゃがみ込んでいるオージの背を誰かが撫でている。
「・・・こんなに驚かれるなんて、思ってなかった。こんなに」。
彼女の視線の先にはオージが吐いたものがある。
暗い家のドアに恐怖心を抱くオージは、自分のほうがひめかわより早く帰宅してしまったことに気づいて玄関の前で立ち尽くした。合鍵は受け取っていたが施錠の問題ではない。
入れない。
自分はこの暗い家に入っていけない、一歩踏み込むことができない。理由ではなく体が動かないのだった。
待つ。
オージは自分がとるべき行動を言葉にして呟く。
そうだ、待つ。
待てばいい。
ひめかわが帰ってくるまで。そうしたら鍵を忘れたふりをすればいい。べつに待っていたわけじゃないと云おう。嘘じゃない。
オージは家の中に眠る怪物を起こすのを恐れているようにじりじりと後ずさり始めた。熟した実の重みでしなる柿の木の枝でカラスが一羽、そんなオージの行動を見守っている。
「・・・早く帰って来いよ、ばかずまのやつ。畜生、何してんだ、あの放蕩ばか・・・」。
ぶつぶつ呟いていたオージは踵に当たった石にも驚く。
そういえばさっきから誰かに見られている気もする。
「気のせいだ。気のせい」。
無意識にポケットの携帯電話を握りしめる。実質何の効果もなかったが、握りしめずにはいられなかった。
休息しにきたこの家で、こんな目に遭うとは。
オージが溜め息を吐いた時だった、繁みから一斉に飛び出してきた何かが、オージに向かって突進してきた。驚いて声も出ない。心臓がとまった。何やら祝い事めいた雰囲気を感じ取っても、何事が起こったのかまったく理解ができなかった。破裂音。続いて、上から色とりどりのテープが降ってくる。クラッカーが鳴らされたのだと気づいた時には土の上に胃の中のものをほとんど全部吐き出してしまった後だった。
「・・・恥ずかしい。死にたい。一泊したらこの家出て行く。二度と来ない。おじさんとおばさんと湊さんによろしく」。
入浴後、髪も乾かさず毛布にくるまったオージをひめかわは心配そうに見守った。
「だ、だいじょぶうだよ、オージっ。早まんないでっ。友達みんなもう帰っちゃったし、そういうの笑ったりもしなかっただろっ。みんなオージのこと心配してたしっ」。
「・・・持つべきものは暇を持て余した友人達だな。待ち伏せとかどんだけだよ。毎日こんなことやってんのか、あいつら」。
「うっ。たまたまですっ」。
「・・・ふうん」。
「オージが好き。好きです。大好きです。超愛してます」。
「・・・伝わらねえな」。
「うっ。お、おれ、オージの吐いた物なら吸えるくらい好きだしっ」。
「・・・明日じゃなくて今すぐ帰る。歩いてでも帰る」。
「な、んでっ」。
「・・・云わねえと分かんねえとかありえないから」。
「今のは比喩っ」。
「・・・そういう比喩とっさに思いつくあたりがすでに怖いっつってんだよ!」。
「オージがおれの言葉信用してくんないからじゃん!」。
蓑虫毛布を力任せに剥ぐと丸くなっているオージを暴き、なんで信じてくんないの、と問い詰める。
乱暴に扱われ、オージの顔つきが変わった。
「・・・なんでってお前の行動がむしろなんでだよ、どさくさにまぎれて上に乗んなばか、重いんだよ、体格の差ちょっとは考慮しろっての、てか何おまえのほうがいきなり切れてんだよ引くし、正直まじ引くしっ。どけよっ」。
「どかないっ。だいたいオージどうしてすぐ電話してくんないわけ、そうやって平気なふうに見せようとするわけっ。待ち伏せしてたのがおれの友達だったから良かったようなものの変質者とかだったらどうしてたわけ何されてたわけ高校時代からおれがしたくてもできないようなことされてたりおれが夢にまで見て翌朝起きて、あっやばっ、みたいな状況とかそういうのに巻き込まれてたらどうしたわけごめんね若くて健全な十代後半の男子でいろいろ想像しててっ。だからもしおれに帰ってきてほしいって迷う暇あったら電話していいんだよっ。て、何度云ったら分かんのっ」。
「・・・は? いろいろ聞き捨てならない部分があったような気がするんだけど」。
恋焦がれてやまない黒い目に見据えられると激情に任せてうっかり口を滑らせてしまったひめかわはなんとか誤魔化さねばなるまいとひとまず大きな咳ばらいをした。余計に胡散臭さが増した。
「オージっ」。
「今度はなんだよ」。
「おれはオージを裏切らないっ」。
動きが止まり、オージの目がひめかわに向けて見開かれる。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに顰め面に戻った。
「・・・はっ、そういうの重いし」。
「オージ、ひどい」。
言葉では追い付かなくなり二人は無言で取っ組み合う。
しかし勝負は見えている。体力でかなわないオージがひめかわに負けを認めた。かに見せかけて世界の終わりのような顔をすればひめかわが今度は世界の終わりのような顔をしてオージに土下座して謝るという形で一応は停戦となる。
「・・・おれ、もっと平気になりたいんだよ。こんくらいでいちいち吐いたりしたくなかったし、それくらい普通になってると思ったんだ」。
体を起こしたオージに蹴る殴るの暴行をくわえられてもひめかわは忠犬のようにじっと項垂れたまま抵抗も防御もしなかった。
「なのにやっぱ全然だめだし」。
頭。
腕。
背中。
オージの拳がぽかぽかとひめかわを叩く。
「おれ、やなんだよ、もたもたしてる自分がっ」。
脇腹。
鳩尾。
大腿骨。
オージの拳がぽかぽかぽかとひめかわの急所に繰り出されるが力がこもっておらずマッサージ程度にしか感じられなかった。
気が済んだかな、とタイミングを見計らって手首を握る。本人にも止めることのできなかった弱弱しい攻撃を中断させるにはそれでじゅうぶんだった。
「オージ。大丈夫」。
「・・・何が」。
「だいじょうぶだよ、オージ。こわがんなくても」。
「・・・恐がる? そんなの、錯覚だし」。
口ではそう云っても次第にオージの体から力が抜けていき、やがてひめかわの腕の中にぱふんと顔を埋めた。
「てか・・・、ばかずまに迷惑かけんのとか屈辱だし。汚点になるし」。
「・・・オージ」。
こっちは、かけられたいのに。迷惑。願ってでも。
ひめかわはその言葉を飲み込む。
オージのプライドを粉々に砕く程度にはずるいと思った。それは、ずるい。卑怯だ。
云えない。
だからひめかわは黙って俯いて次の言葉をさがした。が、ついに見当たらなかった。
「・・・今へんなことしたらお前のこと一生軽蔑するからな」。
空中で彷徨っていたひめかわの手がぴたりと止まった。
「お、おれそんなつもりは」。
「こんだけ心臓ばくばくさせて、鼻すんすんさせてて、なかったって云えんのかよ」。
黒い大きな瞳が腕の中からまっすぐにひめかわを睨んでいる。
ああ、同じだ。
あの日、電車に乗り込んできたオージと目が合ったあの日あの時のあの瞳だ。黒くて、傷つきやすいくせに、何でも一人で抱えたがる。
おれのすきなひとのだ。
放置された白湯はいつしか蹴り飛ばされ畳の上に流れだし、湯呑は部屋の隅まで転がっている。それを気に掛けるふりをして視線をそらせるもオージのほうが気になって仕方が無い。
「・・・オージ」。
「なかったって、そんなあっさり云わせねえからな」。
ほとんど消えかけた語尾を聞き取ったひめかわの頬が次第に赤く、腫れ上がるように染まっていく。
「オージ。それってどういう」。
「死ねって云ったんだ」。
「つまり、・・・好き?」。
「・・・その脳味噌、治療させろ」。
ちょうどその時、廊下を歩いていた姫川家の黒猫の鼻先をまだあたたかい空っぽの湯呑が高速で過ぎった。
猫科の反射神経をもってしてかろうじて避けられた陶器が壁に当たり粉々に砕ける。
「帰る」。
「お、オージ。今のかわいいっ。も、もっかい云って! 今の顔で!」。
「二度と云わねえ。顔も見せねえ。あとそれ以上近づいたら信哉さんに告発するからな」。
「ああ、もう切り札出すとかオージってば照れると短絡的になるんだからもうっ」。
「今すぐに」。
ひめかわの携帯電話を拾い上げたオージが液晶画面上で受信履歴を繰り始めるとひめかわの顔がたちまち悲愴になった。
「ごめんなさい。もうしません」。
「分かればいい」。
「もうしない、から、ドライヤーで髪乾かさせて、ください」。
「・・・好きにしろ」。
オージの返事を聞くが早いが廊下に飛び出してきたひめかわに蹴り飛ばされたそうになった黒猫は特殊部隊のような身のこなしで壁際に身を寄せた。