扇風機しかないアパートの一室に帰るのが嫌で嫌でだからといって学校帰りコンビニに寄り道してしまう自分のことを余計に嫌だなと感じながらもどうすることもできないまこっちゃんは先程からデザートを比べていた。
かたや残り五つのゼリー。かたや残り一個のシュークリーム。
この差はなんだろうとまこっちゃんは考えていた。
外では蝉がじゃわじゃわじゃわじゃわ鳴いている、それは七月の終わりのことだった。
7/29
県立西高等学校を卒業後、地元の公立大学に進学したまこっちゃんは、念願の一人暮らしをスタートさせた。税理士になるための勉学に励む傍ら、家賃や光熱費、食費生活費にあてるためアルバイトを始めた。奨学金も受給しており、親からの仕送りはいずれ断るつもりでいた。
まこっちゃんの家は裕福なほうではない。かといって貧困を極めていたかと訊かれるとそういうこともなく、至って普通の、漠然とした表現が許されるのなら中流家庭だった。
まこっちゃんが小学生の頃、夏休みは毎年家族で一週間程度の旅に出た。行き先は避暑地だったり離島だったりした。
まこっちゃんは家族が大好きだ。家族の中にいるとまこっちゃんは「永崎家の息子」という称号を得ることができたからだ。きっとそうだ。まこっちゃんは思う。
中学、高校となるにつれて家族で外出する機会は減っていった。家族が不仲になったというより、結びつきが自然と、目に見えるものから目に見えないものへと移り変わっていったのだ。
それが原因だとは言いきれないがまこっちゃんは一人で物事を考えることが多くなった。色々なことを考えた。まこっちゃんは自分と他人とをよく比較した。自分は何を持っていて他人は何を持っているのか、そんなことを考えるようになった。
また、まこっちゃんには気にかかることがあった。それは、自分が人を好きになったことがないということだった。早ければ小学校低学年くらいの頃から、思えば同級生たちは、誰が好きだの誰が誰とどういう仲だの、そんな話をしょっちゅうしていたように思う。高学年になると、体育祭だの修学旅行だのといったイベントにかこつけて告白ゲームが盛んに行われた。身体的な変化もあってか、同性間でも自分達の「ランク付け」が始まった。はじめ、まこっちゃんは自分の中に潜むどこか冷めた自分、その淡白さを自覚しないふりをした。つまり自分自身を騙したのだ。好きなやついる、と訊かれればとりあえず学年で三番目くらいに人気の女子の名を挙げておいた。同じクラスの人間だと事あるごとに告白ゲームを唆されそうだったし、万が一相手の耳にでも入ったとしたら変に気を遣わせてしまうかもしれず、そのせいで自分が気を遣わなければならない状況が起こりうると考えたからだ。また、一番人気の女子にしなかったのは、彼女を本気で狙っている生徒らからの牽制を回避するため。よっぽど不人気な者の名を挙げなかったのは、かえって本当らしくなってしまうことを面倒に感じたからだ。そしてそういった女子生徒に限ってあざといこともあるのだと、まこっちゃんはなんとなく知っていた。あまたの告白ゲームの片棒をかつがされて、見学させられて、まこっちゃんの目は肥えていた。決して不快な出来事が起こったわけではない。すべては事も無く健全に行われた。双方の意向がそぐわなければ結びつくことはないし、晴れて通じ合えばそれはそれでべつにいいのだ。鬱屈していく想いを延々と聞かされない分、惚気話を聞かされる、そんな変化が起こるだけだった。
だが誰のどんな心境の変化、状況の変化もまこっちゃんの心を同じものに向かわせようとしなかった。
中学の三年間、まこっちゃんはよく読書した。文豪と呼ばれる作家の著名作から、気に入ったならばあまり名の知られていないマイナー作まで、はたまた一時的なブームに過ぎないと思われるタレントのエッセイ本や、マンガや、雑誌など、とりあえずたくさんのものを読んだ。そうしていないとまこっちゃんは不安だった。不満だったといいかえていいかもしれない。中学生のまこっちゃんは自分が明らかに他と違うことに気づき始めていた。そしてその原因のために自分が本の中に拠り所を求めねばならないほど枯渇を始めていることを、いずれ向き合わねばならない対象の気配に気づきながらもなんとか忌避できないものかと静かな悪あがきを試みていることを、気づき始めていた。
だが本はまこっちゃんを裏切った。冒頭でどんなに自分の気持ちに寄り添っていた世界も、やがて自分が回避したいと願ったものへ向かって歩き出そうとする。結局最後はこれなのだ、と繰り返し矯正を強いられる。今となっては、選んだ本がそもそもミスマッチだったのだと分かる。最後まで自分に寄り添い、たとえ望ましい結末から逸れていったとしても自分の視線をそちらへ惹きつけるような光の射し方を、提示できる本だってある。しかし当時のまこっちゃんは今よりはるかに視野が狭かった。あるいは、こうも言えるかもしれない。まこっちゃんは意図的に視野を狭めていたのだ、と。自分が向き合わねばならない対象の気配に感じながらそれを見据えることができない自分に、実のところいよいよ飽き始めていたのだ。だからこそ無意識に、自分の意にそぐわないであろう本を読み漁り、自分の精神を孤立させようとした。意図的にそして圧倒的に確信犯として、まこっちゃんは自分の顔をぶん殴った。ぶん殴ることであえて焦点を結ばせようとした。傾いた頭をまっすぐ向き直させようと試みた。静かでぼんやりして見えるまこっちゃんの内部では常に激しい感情が渦巻いている。
もう認めない訳にいかなかった。まこっちゃんは同性しか好きにならなかった。
中学の卒業式にそれを確信したまこっちゃんは、そのままするすると高校生になってしまった。ここでもまこっちゃんは適当にやり過ごすつもりでいた。だがもはや所属にこだわってはいなかった。自分を偽ることよりも穏やかな孤独を好んだ。どんなにざわついた、思春期の男女で満たされた、汗臭くて生臭い密室に閉じ込められたって、まこっちゃんは平然としていたかった。だからそのように振る舞った。
自分の一生もきっとそのようであるだろうと確信した。適当な見通しを持つことはその内容がどうあれ、まこっちゃんを落ち着かせた。
中学時代、ひそかに思いを寄せていた先輩から、引き継いだ会報誌があった。まこっちゃんはそれを読みながら人気のない場所へ足を運んだ。廃墟の佇まいはまこっちゃんを無心にした。人の住まない住居。子どもの笑い声が聞こえない遊園地。落書きだらけのラブホテル。もとは誰かのために誰かがつくった施設や建造物が閑散と朽ち果て、浜辺に作った砂の城が波に侵食され挙句すっかり浚われてしまうのと同じ程度に雑草の繁茂を許し、人を遠ざけ、だというのに完全な忘却の渦に飲み込まれてしまいきることがなかなかできず、その恥ずかしい末期を曝け出している様子は親近感に似た好意をまこっちゃんに抱かせた。
まこっちゃんは誰も好きにならないでいようと決めた。
もう誰も好きにならない。
しかしその決意は早くも打ち砕かれた。
「まこっちゃん」。
初めて話しかけられた時、まこっちゃんは彼について心底うざいと思った。
何故ならその人物はまぎれもなくまこっちゃんの好みに合致する姿をしていたからだ。
顔は問題ない。むしろビンゴ過ぎる。身長も申し分ない。少し駄目な感じ、いやだいぶ駄目な感じがしたって、縋らせてくれそうな相手を見つけたら捨てられた犬のような目をすることを躊躇いもしないような男だったとしたって、まこっちゃんは眩暈を覚えたほどだった。
あーあ、と心の中で呟いていた。
あーあ。始まる。あーあ。また俺の苦しみが始まるんだ。
そして玉砕。
まこっちゃんが手塩にかけて育てた犬は飼い主の手を噛んだ。
と、いうのはまぎれもなく被害妄想で、勝手に噛まれた痛みを主張するあたり、自分はもはや加害者の領域に踏み込みつつある。
しかしそうも嘆きたくなる気持ちだった。
目の前で劇的な出来事が起こる。決して自分を向かないスポットライト。定住地は蚊帳の外。意地悪な悪あがきも、いっそ姑息な手段も、すべてきらきらの反射でバリアされた。勝手に縋りついてきて、勝手にこの手を離れて、勝手に幸せに向かって歩き出しやがって本当に胸糞悪い。お前の声になんか耳を傾けなけりゃよかった。お前の視線なんか受け止めなければよかった。お前の声になんかほだされないおれならよかった。あの日、あの日。まこっちゃんはいろいろなことを後悔しながら、脳裏に蘇らせた一日一日を呪うつもりで再生するが、そのたびに、自分がどれだけそれらを否定しようと試みても、結局は無駄であることを知った。目の前で終わったことだとしても、自分にとっては閉ざされたも同然な道を、突き付けられる自傷行為に他ならないとしても、まこっちゃんはしばしば再生した。
まこっちゃん。
ねえ、まこっちゃん。
まこっちゃん、まこっちゃん。
「っるせえ。まじうるせえんだよ、あらゆる方法で死んじまえ、姫川一馬」。
デザートコーナーの前でぶつぶつ呟くまこっちゃんを、店員はおおいに避けて通った。そうでなくともまこっちゃんの体からは殺気のようなものが立ち昇っていた。
忘れようと決めた。
だからわざわざ一人暮らしを始めたのだ。同じく地元の大学へ進学したひめかわとは、会おうと思えばいつだって会える。会おうと思わなくともいつでも会ってしまう可能性が生じる。だからまこっちゃんは離れた場所へ引っ越すことにした。同じ駅を使わなくて住む立地。不意の遭遇が起こり得ない、起こり得たとしてもその確率がもっとも低い場所へと。たとえその物件を選んだせいで日々の暮らしが多少不便になろうとも、それでも遠ざかりたかった。
今でもひめかわが好きだった。
まこっちゃんは一度好きになったらその相手を二度と嫌いにはなれない。
どんなに口では罵倒していても、ふとした瞬間に泣きたくなってしまう。
こんなことなら、もっと徹底的に依存させておくんだった。
そう考えることもある。しかしまこっちゃんは親切だった。縋ってくる相手の心を操作したとして、もしそれがうまくいったとしても、結局は自分以外の誰かに心とらわれたままの相手を囲い続けることは到底無理だし、そんなことをすれば自分は永遠に救われない気もするのだった。まちがいなく。ちょっとした時に自分以外の誰かの名前があがって、その時に相手が浮かべる、もうどうしようもない表情。
敗北を深く認識する瞬間。
「はあ」。
塾講師のアルバイトをしているまこっちゃんは早くも自分が間違いを犯したことに気づいていた。
教室に、学生が来るのだ。
当然といえば当然だがまこっちゃんはそのことをすっかり失念していた。
学生が来るということは、自分の卒業高校の制服の学生も来るということだ。中には、ひめかわに似た生徒もいるだろう。酷似とまでいかなくともまこっちゃんが反応してしまうのは、そもそもまこっちゃんはひめかわをそんなにまじまじと見る機会が多かったわけではないからだ。どちらかといえば横目で様子を窺ったり、完全な後姿を見つめたり、相手が明らかに考え事をしていればその横顔を少しだけ長い間眺めていたりするくらいで、面と向かって見つめ合うようなことはそうそうなかった。会話中は横に並ぶし、勉強を教える時はノートか教科書を見下ろしていた。
世界が暗闇ならいいのに。その中で自分だけが目の見える生き物だったらいいのに。そしたらもっと見つめていられるのに。
ここまで考えてまこっちゃんは頭を振った。
ばか、おれのばか、と呟いて邪念を追い払った。
「あれ? 先生じゃん!」。
名前を呼ばれたまこっちゃんはびくっと肩を震わせた後、おそるおそる振り返った。
塾に通う一人の男子生徒が笑顔で寄ってくる。
まこっちゃんは全身を強張らせて身構えた。
「えー、そんな顔しなくても。てか、外で会うのって新鮮。なんか、先生も普通の人なんだなあって思うよ」。
喋りながら男子生徒はまこっちゃんの横に並んだ。びくっと反応したまこっちゃんの前を、夏服の袖から伸びた腕が横ぎる。日に焼けた腕の筋が目の前をよぎる間、まこっちゃんの心臓はばくばく脈打った。
「最後の一個、ゲット。あ、もしかして先生これ狙ってたんじゃないよね」。
「・・・べつに、俺はどれでもいいけど」。
「そっか。ならよかった」。
顔の位置が。
あいつと同じなんだよ、くそったれ。
「先生、バテてない?」。
「大丈夫だよ」。
「顔、赤いから」。
「ちょっと暑かっただけだ。早く帰って勉強しろ」。
「はいはいっと。あ、そうだ。先生」。
「何だよ」。
「時々俺のこと見てるでしょ」。
まこっちゃんの全身から血の気が引いた。
「は?」。
見てないけど、と言おうとしてまこっちゃんは口をつぐんだ。こういう場合、否定することによりぼろが出るのだ、大抵。
「いや、俺、嫌われてんのかなあって」。
「・・・は?」。
「俺、覚え悪いじゃん。だから」。
「バカな生徒がいなけりゃおれの仕事もないよ。向き合って授業やってんだから目が合うのは当たり前だ」。
安堵のあまりぶっきらぼうな言葉を吐いてしまったまこっちゃんは直後にはっとしたが、その男子生徒は面白そうに笑い出した。先生、そんなこと言うんだ。
「お前の背格好がひめかわに似てるんだよ。間違ってもお前自身のことじゃねえから安心しろ」。
そうは言えない、もちろん言わないまこっちゃんだった。
じゃあね、と馴れ馴れしく手を振った男子生徒を見送ったまこっちゃんは選択肢が省かれたのを幸いとばかりにゼリーへ手を伸ばした。
「ひめにそっくりだったね」。
横から伸びてきた手が喋る。
正確には、その手の人物が。
「・・・桐谷」。
まこっちゃんが選ぼうとしていたゼリーをひょいと取り上げた桐谷コウ、通称ニコはそれをカゴにポイと入れた。
「まこっちゃんってまだひめのこと忘れられないんだ。真面目な顔して、やっらしいの」。
にこにこ笑いながら驚くべき的確さで言い当ててくるニコのことをまこっちゃんは最初から苦手だった。
パッと見、爽やかな好青年。しばらく見ても、爽やかな好青年。であることに変わりはないのにその実態は無類の喧嘩好き。言いたいことはずばずば言うし、そのたびに図星だ。口を開けば案外中身が幼いことが伝わってくるが利口であることも事実だ。
そして、甘党。
おれ、こいつ、苦手。
だ。
「あ、まこっちゃんいま俺のこと、こいつ苦手なんだよな、って思ったでしょ」。
「うん、思った」。
「えー、そこは嘘吐いてくれないんだ」。
「どうせ分かってんだろ」。
まこっちゃんは選ぼうとしていたものとまったく別のゼリーを手に取るとレジへ向かった。会計を済ませて外に出るとニコが後を付いてくる。
「まだ何か用か。ああ俺はまだひめかわが好きだよ。早くオージくんと破局しろって思ってる。毎晩寝る前に祈ってる。ああ、祈ってるよ。で? それがどうかしたか?」。
暑さに、やられちゃったんだ。
まこっちゃんはこめかみを伝い落ちる汗を感じながら、何言ってんだおれどうしたんだおれは、と静かに混乱しつつも歩き出した。
きょとん、とした顔を浮かべていたニコが、あはっ、と笑うのが聞こえる。そして後を付いてくる。
「苦労してんだねえ、まこっちゃんも」。
「ああ、してる。とりあえず腕を離せ」。
なんとなく予想はできていたが、離せと言えばより絡まられる。
忘れてた、こいつ、子どもなんだった。
まこっちゃんはニコを振りほどくのを諦めて公園のベンチに座った。木の下の日蔭は、涼しいが蝉がうるさい。しかしまこっちゃんは一休みしたかった。とりあえず脚を休めて、頭を休める。順序良く。数式と同じだ。
「ねえ、まこっちゃん。顔色悪いよ?」。
「誰のせいだ」。
「ゼリー食べる?」。
「自分のを食べる」。
ニコから差し出されたゼリーを拒否してまこっちゃんは袋の中をのぞき、舌打ちした。
「まこっちゃん?」。
「スプーン入ってない」。
「あ、じゃあ俺のあげる。いっぱい入れてくれたから」。
「・・・・・・」。
「はい、あげるってば」。
「・・・・・・それで恩を売ったつもりか?」。
「え、何言ってんの、まこっちゃん。これ、無料だよ?」。
ふうん、と目を細めたまこっちゃんはニコから差し出されたスプーンと、開けてしまったゼリーを交互に見、差し出されたスプーンを受け取った。
すくいあげたゼリーをぱくぱく食べていくまこっちゃんの意外な食べっぷりをニコはきらきらした目で見守っていた。見られていることに気づいていたがもうどうだっていいまこっちゃんはすっかり食べ終えた後、シャツの袖で拭いたスプーンをニコに突き返した。
「ありがとう。返す」。
突き返されたニコはスプーンとまこっちゃんとを交互に見た後、受け取ったスプーンで自分もゼリーを食べ始めた。間接キスだ、とはしゃぐニコを横目で見ながら、売られた恩は返すもんじゃなかった、と後悔するまこっちゃんだった。
ニコは実によく食べた。
まこっちゃんの凝視などとんと無頓着に、コンビニで買い占めたデザート系をすべて食べ尽くす。
「買い溜めしてるんだと思ってた」。
「いつもこんくらい」。
「・・・いつも? 絶対にお腹壊すだろ」。
「うーん、大丈夫。食べないほうが危ないもん」。
まったく不可解だった。
しかし、ニコの食べっぷりは明らかにまこっちゃんの気持ちに変化を与えていた。
「俺の食べ方、子どもっぽいでしょ」。
「え?」。
「よく言われるんだ」。
「そうか? 見てて気持ちよかったけど」。
まこっちゃんの何気ない言葉に、ニコが目を輝かせた。
「え、何? おれ何か変なこと言った?」。
「ううん。まこっちゃんの機嫌少し良くなかったなあって」。
「別に悪くないよ」。
「ふうん。じゃ、ただ単に損してんだ」。
まこっちゃんは首をかしげた。
損、と訊ね返そうとしてまこっちゃんはやめておくことにした。こいつはおそらくこいつ自身にとっては他愛も無い、損益のまったく関係ない発言をするだろうがその内容いかんによってはおれをいつまでもねちねち悩ませ続けることになるだろうと思ったからだ。まこっちゃんは今は何も考えたくなかった。
考えたく、ない。
そう、せめてこの夏が終わるまでは。
夏はひめかわに似ていた。
今までなんとなくそう思っていた、まこっちゃんは。
具体的に何がと言われるとうまく述べられずまこっちゃん自身ほとほと困っていたのだが、今この瞬間にまこっちゃんはなんとなく分かった気がした。
好きと嫌いは良く似てるんだ、とまこっちゃんは額の汗を拭いながら呟いた。
「ねえねえ、まこっちゃん」。
「何だよ」。
「俺さあ、いま住むとこ無いんだよね」。
隣に座る男の意図が分からずまこっちゃんは首をかしげた。
だからどうしたのだ、と訊き返したかったが訊き返すことにより明確な返答を得てしまうことが甚だ恐ろしくまこっちゃんはじっと黙りこくった。だがいずれは問わなければならないだろう。まこっちゃんは、だから、と不機嫌な声で次の言葉を促した。促して、しまった。
「うん。だから泊めて?」。
今日という一日は一体どこから悪夢だったのだろう。まこっちゃんは蕩けるような目をして真夏のベンチで思考を巡らせた。
なんで、という言葉が出てきたのは数十秒後のことだった。その間、家が無いから泊めてくれと発言したニコは、その質問によりまこっちゃんが滞在を許可してくれたものと都合よく解釈したらしく、喧嘩だとか勘当されただとか経緯を簡潔に話してくれたが実際のところまこっちゃんは聞いちゃいなかった。
いったいぜんたいどうしてひめかわに関わる人間はおれを悩ませるんだ。
「いいか。おれはお前が嫌いだ。大嫌いだと言ってもいい」。
「そうなの? 俺は好きだよ、まこっちゃん」。
だから何だ、と大声を張り上げたくなったまこっちゃんだったが咽喉が渇ききって掠れた息を漏らすことしかできなかった。と、いうことにしておきたいまこっちゃんだった。
実のところまこっちゃんはもうすでに諦めていた。自分がどんなに駄目だといってもこいつは主導権を握るだろうし、整然と理屈を述べて断わっても適当さの滲み出る、その実は計算の限りを尽くしたあざとさで踏み入って要求を呑ませるだろうし、まこっちゃん自身、もう頭がやられてしまっていたのだ。夏のせいで。
あとは、
「家賃半分もてよ」。
「食事も作らせていただきますっ」。
そうだ、住み込みのコックを雇ったと思えばいいんだ。
色々複雑に考えてしまうわりにまこっちゃんはある面においては結構お気軽な頭だった。
そして、決して経済的に豊かではない大学生だったのだ。
以上が、永崎真が桐谷コウを自身の家に住まわせることになった経緯の概要である。