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 その日の夕方、図書館の戸締りを終えて寮へ戻る途中、ぼくはアロンにすべてを話した。
 ユリウスが夜に向かう屋敷は、生徒会長ララ・クロウの伯父のものであること。生徒会室で見せられた新聞記事。ラインハルトの死亡記事。
 その貨物車を運転していたのが、ユリウスだったこと。
「……広報委員に漏らしたら、許さないよ」
 最後にぽつりと付け足すとアロンは悲惨な声を上げた。
「フィガロ、そりゃないぜ! いくらおれだって、なんでもかんでも記事ネタにしようなんて思うもんか」
「そう。それなら良いんだけど」
「信用してくれよなあ、もう」
 よっぽどショックだったのかアロンはがっくり肩を落とした。
「ごめん、アロン」
「どうせ俺は口が軽いですよ」
「ご、ごめんってば。そんなに怒んないでよ」
「まあ。でも、その。フィガロ自身、大丈夫か?」
「え、ぼくが何」
「図書室に入ってきた時さ、ひどい顔してるなあと思ったんだよ。ま、あのとき本当にひどい状態だったのは俺の方だったけどさ。図書委員の仕事すんのひさびさで、正直覚えてなくて。す、すまん。フィガロ。……で、そこへひどい顔したお前だろ。何かあったのかと思ってたら、そういうことだったのか。話してくれて良かったよ。訊いていいことかどうか分からないしさ。俺、そういうの苦手なんだよ。相手から話してくれるんならいくらでも聞いてやれるんだけど、話すか話さないかを迷っている相手にどうし接したら良いのか、分かんない。だから、フィガロから云ってくれてほっとした」
 アロンは唸りながら頭を掻いた。
「アロン。やっぱりぼく、きみとルームメイトで良かった」
「な、何だよ。急に」
「ううん。忘れないうちに云っておこうと思って」
「忘れる程度かよ」
「そ、そんなことないよ!」
 自分が随分落ち着いてきたのを感じる。しばらく時間がたったからと、打ち明けることができたからかな。もし一人で悶々としていたら、いつまでもぐしゃぐしゃになっていたはず。
「でも、どうしよう。クラウスに話しちゃったんだよ。話すつもりはなかったんだけど、結果的にバレちゃったっていうか……どうしよう。あの時はまだ事件を聞いた直後で動揺してて、喋っちゃって、うう。ぼくは、ぼくは」
「おいおい、フィガロ。そんなに落ち込むなよ。それに、一度ウワサになった内容なんだぜ。ラインハルト事件にユリウスが関わってる、って」
「えっ、そ、そうなんだ」
「はあ。やっぱ疎いよなあ。フィガロは。ま、俺もこれは広報委員ガーデルから聞いただけだけど。まさかまさか本当だったとはね。信じてなかった。けど、フィガロの話を聞いてるとさ、ウワサは事実だったわけだ。それにしても、どうもユリウスってちぐはぐだよな」
「ちぐはぐ、どういうこと?」
「ほら、フィガロが問い詰めた時。ああ犯人はおれだよ、って堂々と云ったんだろう」
「うん」
「うーん、なんだかなあ」
「何が引っ掛かるの」
「自分が犯人であることをあえて強調したがってる、っていうか」
「何それ。はっきりしないなあ、アロン」
「そう。そうだよ。はっきりしないんだよ。それが引っ掛かってる。その場にいなかったから何とも云えないけど、どうも、ユリウスのやつ、わざと悪者になろうとしているっていうか。うーん、やっぱりよく分からないな。俺、合唱団の練習してて思うんだけど、ユリウスってほんとは先生達の云っているような不良なんかじゃなくて、実はすっげえイイヤツなんじゃないかなって、うん、だからどうだと云われるとべつにどうとも云えないんだけど」
 アロンはもどかしそうに唸っている。ぼくは別のことを考えた。
「そういえば、もう一つ不思議なのはね。テオなんだ。テオ、ユリウスのこと、憎みながら愛してるって云ったんだ。この矛盾は、テオらしくないよね。他の人が云うなら、ああなんか大変なんだな、って納得しちゃうけど。でも、テオが云うとすごく奇妙だよ」
「そりゃあな、天下の優秀生テオ様にだって複雑な恋心を抱くくらいのセンチメンタルな面はあるさ。自分の弟を轢いた相手としては憎い。だけど、好きなところもある。そういうことじゃないの」
「うーん、言葉通りだけど、何か違う」
 今度はぼくが唸る番だった。
 アロンと二人でうんうん唸って歩いて、三寮の入口へ辿り着く。マーカスの門をくぐろうとして、ふとペトロス寮のほうを見た。
「あっ!」
 ぼくより早くアロンが声を上げる。
 窓から漏れる灯かりに照らし出されて一瞬その人物の横顔が見えた。
 タッソだ。
 肩に何か担いでいるようだった。
「ぼ、ぼくの目が確かなら人を担いでいたように思うよ。ま、まさかこれからリンチするとか」
「よし、行ってみよう」
「行ってみよう、って、おい、アロンってば! ぼくもうこれ以上おかしなことに巻き込まれるのはいやだよ!」

 ペトロス寮の門に隠れてタッソの後ろ姿がドアの向こうに見えなくなるのを確認する。
「もう、侵入できないよ。ここから先は。早く部屋に戻って宿題しなきゃ、ねえ、アロン」
「いったい誰を担いでたんだ?」
「って、ぼくの云うこと聞いてる、アロン?」
 ふとぼくは足元を見た。
 落ちていたものを手に取る。
 ルーズベリーの、青いリボン。
 裏返してみると、ユリウスのものだった。青いリボンには白い糸で生徒の名前が刺繍されているのだ。
「もしかするとさっきタッソが運んでいたのはユリウスで、これは落し物だね。よし、明日届けよう。さ、帰ろう」
 そそくさとマーカスへ引き返そうとするぼくをアロンが押さえ付ける。
「な、何だよっ。もう帰るからなっ」
 しかしアロンは「ペトロスに入れるこのチャンスを生かさないのはもったいない」と舌をちっちっと鳴らした。



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