4, April
夢を見た。
誰かが泣いていた。月色の髪が手のひらにこぼれている。小さな背中。その背中に羽が見える。だけど、僕が近づくと消えてしまった。平らな背中に手を乗せて尋ねる。
「どうして泣いているの?」
僕が喋った言葉は、字幕になって画面を流れる。
画面?
そう、僕は椅子に座っている。映写幕に映し出された自分を見ている。
「だから・・・んだ、」
子どもの声。
ナナタ?
違う。
耳や尾はない。
羽のなごりが肩胛骨になった。
僕が顔を覗き込もうとすると、子どもは繰り返した。
「だから嫌だったんだ、」
字幕が左へ消える。
僕の目はそれを追う。
静けさは文字にならない。
喋った言葉だけが僕の中に入ってくる。
「ねえ、何が嫌」
肩を揺する。
字幕は出ない。
子どもが徐々に顔を上げた。
チーフだ。
海でもない、空でもない、その境界線にもない青色で僕を睨み付けて云う。
「だから、嫌だったんだ。人間になんかなりたくなかったんだ!」
映写幕が上部から切り落とされる。
水の音。ぬるい。耳元で同じリズムを刻む。ぬるい。
目を開けると、そこは知らない部屋だった。起き上がり体を見下ろす。胸部から腹部にかけてテープが貼ってあった。痛い、と呟いてもう一度静かに横になる。
窓から白いテラスが見えた。
ウチザキの家。
僕は思い出そうとする。何を思い出せば良いか分からなかった。思い出すものがあるかどうかも。
「おはよう。元気?目覚めた時に手術台だと最悪でしょ。私のベッドで良かったかしら?」
花瓶を持ったウチザキが入ってくる。
「うん、五回くらい寝返りを打てそう。チーフは、帰った?」
「ええ」
「僕は、役に立ったのかな」
「すぐに帰ったということは、そうだろうね。今頃、センター中の子どもたちを退化させてやるのにてんてこ舞いだ」
ウチザキは花瓶をベッドの脇に飾る。僕にはこういう習慣がないから、とても珍しかった。
「ウチザキは、人間なの?」
「どうして」
「部屋に、花瓶を、飾るから」
ウチザキは笑った。僕もまともな答えを求めたわけじゃなかった。
「無事に帰れたかな」
ひとりで歩いている姿を想像する。途中で寝ないだろうか。道を間違えないだろうか。
「ルーイチは、チーフが好きだね」
僕は自分の腕を見る。リズムは点滴だったのか。「好きって、何」。
まだ花瓶の向きを決めかねている、ウチザキの大きなお尻が視界の端で揺れている。僕は含み笑いしながら目を閉じた。
「感じるもの。言葉にならない」
「僕が喋れなくても、ちゃんと伝わる?」
伝わる、とウチザキが即答する。
ようやく花瓶の位置が決まったらしい。ほら見て綺麗、とはしゃいでいる。そんなことで喜べたら、毎日楽しいだろうな。
「ルーイチ。元気がないね」
「昨日の今日だもの」
「甘いもの好き?」
「キャンディある?」
人の世話を焼くことが楽しみでならない様子のウチザキの背中に、できれば青い包みの、と付け足したが、たぶん聞こえていないだろう。