8, April
爆音は三十分間ほど続いた。実際には十分程度だったかも知れない。僕が気づくのがあと十秒でも遅れていたら二階まで掛け上ってチハヤとナナタを移動させる暇はなかっただろう。
音が止み飛行機は遠ざかったがまだしばらく出ない方が良いということでチーフに地下室を案内してもらった。前に来た時は畑しか見せてもらわなかった。チハヤとナナタにとっては初めて入る場所だ。ナナタはずっと僕の手を握っていた。時々チーフの方をちらちら見ているのだがチーフに気づいてもらえない。僕は小さく溜め息を吐いた。
地下室には野菜畑の他に、個室が二箇所。それぞれの個室からは野菜畑が見渡せるようになっている。室内は一人用のベッド、流しとトイレ。もともと暮らす場所じゃないので、それくらい。
地下で時間を知れる唯一の手がかりはチーフの腕時計だった。
「センターを潰せば島の機能は壊滅同然だな」
「うん。今日いっぱいはここから出ない方が良さそうだ」、僕の言葉にチーフは頷く。
「火はないけど生で食べられる食糧も豊富にあることだし」
チハヤはベッドの上から野菜畑を眺めている。ナナタも横で同じようにしていた。
「それにしても、いきなりだったね」
「いきなりじゃないと無意味だからな」
チーフは流しの蛇口を捻って水が出ることを確かめる。そのうち毒でも混入されるかな、なんて云う。
「水も本部から?」
「飼育だな」
飲まない方が良い、ということになった。
生野菜を齧っただけの夕食をすませると部屋割をすることになった。ベッドが各部屋に一台ずつしかないことを考えると僕とチーフは分かれた方が良い。そうするとチーフはチハヤを選ぶだろう。僕はナナタの手を引いた。
「タータ、」
ナナタは思い切ったようにチーフを呼ぶ。
お、や、す、み。
チーフは何も云わなかった。
「よくあるの?こういうことって」、部屋に戻って僕はナナタに尋ねる。
ナナタは首を横に振る。
僕はそれきり何も訊かなかった。
ナナタは僕にくっついて眠った。
センターは爆破された。屋上も、食堂も、研究室も。エコたちも絶えただろう。僕やチーフの家は無事だろうか。それとも、潰されてしまっただろうか。ウチザキの島も同じ目に遭わされただろう。トンネルも閉ざされるだろうか。僕たちはどこへも行けない。
ノックの音で目を覚ます。もう朝か、と思っていると落ち着かない様子でチーフが入って来た。
「何時」
「零時前。ルーイチ、ちょっと来て」
しぶしぶ起き上がり部屋に入ると、ベッドの上でチハヤが丸くなっている。
「退化が原因かも知れない」、とチーフ。
近寄って見るとチハヤの肌に脂汗が浮かんでいる。息を吐くたび引っ掛かるような音がする。気道を確保できる体勢にする。チハヤが瞼を薄く開けて僕の方を見た。
そんな目をされても、僕には何もできないのに。
「ここで開く」、とチーフ。
「まさか」
「チハヤの今が俺たちの未来の有様だ。全滅する気はない」
「ころす気」、と僕。
チハヤは苦しそうに目を閉じた。
「だいたい、麻酔も器具もなしに?」
「麻酔ならまだ効いている」、耳と尾を落とした時のことを云っているのだろうが、それは気休めにもならない。もうとっくに引いたはずだ。
「じゃあ、器具は」
「俺の手がある」
「冗談」
物音がして振り返る。青白い顔をしたナナタが入り口に立っていた。
「・・・チハ?」
視界を遮るよう僕はナナタの前に立った。
「大丈夫だよ、すぐに良くなる」
ナナタの目がチーフを見ている。僕はナナタを連れて部屋を出ようとした。
「ルーイチ。そいつを追い出したら話がある」
チーフの言葉に狼狽えた様子でナナタは僕を見た。縋るような目で。
「早く」、チーフに云われ、僕は不安そうにしているナナタをいくらか強引に追い出した。
「・・・タータ!」
「馴れ馴れしく俺を呼ぶな」
閉めたドアに鍵を掛ける。ナナタの青い目から涙がこぼれ落ちそうになっていたのを最後に見た。僕はチーフへの苛立ちを隠さなかった。「云いすぎだ」。
「どっちが」
「・・・。話って何」
外でナナタが喚く声が聞こえた。やがて啜り泣きに変わり、静かになる。諦めて部屋へ戻ったのだろう。
チハヤの息が落ち着いてくる。このまま眠ってくれると良いのだけど。
僕は、ナナタを追い出したらすぐにでもチーフがチハヤを開くんじゃないかと思っていたがそうじゃなかった。気が抜けたようにベッドの端に腰を下ろした。
「さすがに指は無理だ」
「僕は最初からそう云ってる」
イヤリングを取り上げた時のチーフとはまるで別人だった。僕たちはどうして相手によって残酷になれたりなれなかったりするのだろう。言葉はそれを説明できない。