24, March
会長の孫、サチの十二才の誕生会は例年通り盛大だった。
庭園は花やリボンで飾り付けされ、子どもたちには色とりどりの風船やキャンディが無料で配られる。
会長は訪問してくれた取引先の上司と談笑しながらサチを見た。浮かない顔をしている。
「俺のパーティーじゃなくてお祖父様のパーティーじゃないか」、青色のリボンタイをだらしなくほどきながらサチが口を尖らせる。
「ごめん、サチ。寂しい思いをさせたね」
会長が月色の髪を撫でるとサチはますます頑なに俯く。
「そうだ、私からもプレゼントがある」
「要らない」
「とっておきの」
サチは仕方なく会長について家の中へ入った。喧噪が遠ざかって息を吐く。
「サチ、前にカタログを見せた時、」
広いリビングのソファにふんぞり返ってサチは生返事をする。「うん?」。
「DGを欲しがっていただろう」
会長が奥の部屋からケージを抱えて戻ってきた。布が掛けられて中は見えないが、生き物がそこにいることにサチは気づいた。
「まだ発売はされていない、って」、ケージが置かれたテーブルにサチは近寄る。
「発売はね」
会長の手が布をめくると、サチの目に、タオルにくるまって眠っているDGの姿が飛び込んできた。まだとても小さい。小麦色の巻き毛に埋もれて三角の耳と、細めの尾が生えている。
「これ、CTじゃないの?」
「DGだよ。人懐こい。甘えん坊で、サチもすぐ気に入ってもらえると思うよ。名前はナナタ、七回目の実験で成功したからだ。そう呼ばれていた。だけどもうサチの物だから、サチの好きにして良いよ」
会長はケージからDGを取り出すとサチの腕に抱かせた。瞼が今にも開きそうに痙攣したのでサチは緊張して抱え直した。
「とてもよくできている。これから生産されるDGの模範となるだろう」
会長の声を聞きながらサチはDGの頬に鼻を寄せた。ミルクの臭いがした。ちょうど目を覚ましたDGの手がサチの頬にあたって、サチは思わず顔を離した。
「泣いたりしない?」
本当はそんなことはどうだって良かったのに、サチは会長を見上げた。
「泣いたら泣き止むまで抱いてやれば良い」
DGの瞳を見てサチは驚いた。自分と同じ青い目をしていたからだ。
小さな指がリボンタイをつかまえる。ぐいぐい引くとサチの襟からタイが外れた。
「どうかな、サチ。もしも気に入らなければ、また別のと取り替え、」
「だめ!」、サチはDGにもう一度顔を寄せた。その白い頬を珊瑚色の舌が舐めた。
「俺が育てる」
会長は孫の機嫌が直ったことと、ふたりの相性がどうやら良かったらしいことに安堵した。
二階の自室に上がり、贈られたプレゼントの中にスペル・パズルを発見するとサチは床の上にばらまいた。
「俺の名前から教えるよ。俺は、タバタ・サチ。世界的に有名なタバタ会長の孫。将来は、医者になる。本当は血は繋がっていないんだけど、それは秘密」
サチの手が一つずつピースを並べていく。ナナタはサチの膝の上から目で動きを追った。
「呼ぶ時は、サチで良い。この家にはタバタがいっぱいいるからな」
「・・・タ、チ?」
「違う。サチだ。何だよ、タチって」
怒られたのだと思い込んだナナタが泣きそうに顔を歪めたのでサチは慌てた。「泣くな。すぐ泣くやつは嫌われる」。言葉を理解したのか、ナナタは泣かなかった。
「えらいぞ。もう一度云ってみな。サチ、って」
「・・・タ、チ」
サチは頭を抱えた。「サが難しいのか?」。
「・・・タチ?」
「じゃあタバタで良いよ。もう」
「・・・タ、ア、タ」
云えた気になってナナタが笑った。その顔を見ているとサチは幸せな気持ちになった。
「うん。そうだ」
「タ、ア、タ」
そうそう、と頷きながらサチはナナタをベランダへ抱えて行く。反対側の庭園からは人々の笑い声が聞こえてくるがもうどうだって良い。目の前に広がった海が風を運んで、ナナタの軽い巻き毛もサチの月色の髪もさらさらとなびかせた。
「海のすごいところは、つながっているところ。ナナタの生まれた場所にも、俺の生まれた場所にも。・・・俺は、自分が生まれた場所を知らないけど」
「タータ?」
「こら、ちゃんと見ろよ」
云われてナナタは首を動かした。
「ずっと、ずっと。俺たちも、この海の先にいるんだぞ」
しかしすぐにサチを見上げる。サチの腕の中で何やら体をもぞもぞさせている。
「・・・ター、」
「この星は丸いんだってさ。俺は見たことないけどな、大きすぎて。だから嘘かも知れないけど、」
遠くに目を凝らしているサチの手がふいに濡れた感触を覚えた。
「ん?」、慌ててナナタを体から離す。
「あ、莫迦、トイレなら早く云えよ。ああ、もう」
そうしているとナナタのお腹が鳴った。
「え、腹も?そういやお前、何食べんだ。・・・俺の指を食うな」
ナナタが何か喋ろうとするが、サチは聞く余裕がない。部屋に戻ってプレゼントの山を漁りだした。
「どうせ菓子ばっかなんだ。俺が甘いもの好きの性格かっての」
ぶつぶつ云いながらラッピングを破っていると、ナナタが袖を引っ張る。
「・・・タータ」
「何。ミルク?ミルクも飲みたいって?」
気持ちが通じたのでナナタは嬉しそうに笑う。
この星は、丸くて、青くて、あまく、て。
人間だって、悪くないかも知れない。
人間のように生きていけなくても、
人間としてしか生きていけなくても、
みんな本当は海で繋がっている。
きみが泣くと、哀しくなる。
あなたが笑うと、生きていける。
Nice to meet you, honey.