ふたりを降ろしたバスはUターンをして引き返していった。ここが終着点なのだろうか。途中に停留所がなかったから直行なのだろう。
辺りは一面の緑だ。
バスが遠ざかると道さえ覆われた。
チハヤはジオと並んで歩き出した。
少し行くと大きな木の陰にテーブルがぽつんと一台置かれてあった。

最初の訪問客に気づいたナナタはぱっと顔を上げるが、すぐ不思議そうに首を傾げる。
「・・・チハ?」
ようやく面影を見出し、ナナタは訊ねる。
黒い髪と瞳の青年はしゃがみ込むとナナタの頬を両掌で包んだ。
「ちっちゃなチハと、おおきなチハは、おなじチハなの?」
その言葉でチハヤは、ここが違う世界だと知る。
「も、くるしいの、なおった?チハ?」
「・・・、」
小さく脆くやわらかなままの体をぎゅっと抱き締めた。
跪いて服が汚れるのも構わない。
この子どもを抱き締めたいだけ。
「ちっちゃなチハと、おおきなチハは、おなじチハなの?」
「そうだよ。ちっちゃなチハは、おおきなチハになったんだ。やさしくて勇敢なきみのおかげでね」
答えないチハヤの代わりに、ジオがそう返事をした。

その後、ナオが到着した。
ナナタはナオにもお茶を淹れてあげた。
その服には血が付いていたがナナタは気にしなかった。それよりも気になったのは、ナオが落ち着かない様子で髪を撫で付けたり襟を立て直したりしている点だ。折角すすめたケーキも喉に詰まらせる始末。お茶で飲み下そうとすれば舌を火傷。
「気持ちは分かるけど、もうちょっと、落ち着いたら?」
理由を知っているような声でジオが云うと、隣でチハヤも頷いた。
それを聞いてようやく深呼吸することを思いついたナオだが、あまり効果はなかった。

ナオが待ち侘びた四人目の訪問客は、ナナタよりは少し年上の女の子だった。
赤いリボンを髪に結んで、ワンピースを着ている。
女の子はとことこ歩いて来ると、ナオの隣にちょこんと座った。
「か、かわいいね。レン、そういう格好すごくよく似合うと思うよ」
「当たり前だろ」
ナオはレンの素っ気ない返答にも嬉しそうに目を潤ませた。

五人になってテーブルを囲み、ケーキを食べたりお茶を飲んだりチハヤの演奏を聴いたりしながら時間は過ぎた。
いや、ここに時間は流れてなどいないのだが。
最初に到着したふたりが帰ってしばらく後に、後から到着したふたりも帰って行った。
それからしばらくは誰も来なかった。
陽は沈みかけ、ポットのお茶もとうに冷めた。食べかけのケーキを一つの皿に集めたり、テーブルクロスを新しいものに取り替えたりしてみても、まだ退屈だった。ジオがくれた風船を摘んで遊んでいたら大きな音を立てて割れてしまった。吹く風が冷たくなってくる。ナナタは汚れたテーブルクロスにくるまって、チハヤが弾いてくれた曲をハミングした。しかし記憶はとうに薄れ、さっきまでの賑やかさはもうずっと昔の出来事に思われた。
「・・・だれを、まっている、ぼく?」、ナナタはふと呟いた。
その時、向こうに人影が見えた。
ナナタはそれが、自分の待っていた誰かと似ていることに気づいた。
「時間です」
月色の髪と青い瞳には違いなかったが、しかしそれはタバタではなかった。
ナナタは立ち上がって椅子の上に背伸びをした。
向こうを見やる。
もう誰の来る気配もない。
タバタは、来なかった。
「彼は今、免許を取って病院で働いています。今日は担当している患者の手術の日です」
気を遣って事情を説明してくれた相手に、ナナタは両腕を伸ばした。
「・・・ルーイチは?」
抱きついた肩越しに羽が見えた。
それを見ながらナナタは少しずつ眠くなった。
「彼も、別の病院で働いています。CTやDGの耳や尾を取る手術も行っている、数少ない医者の一人です」
「・・・ふたりとも、おいしゃさんになった」
「このまま寝ても良いですよ。私がちゃんと連れて行きます」
タバタに良く似た彼は、うとうとしているナナタの背をさすりながらそう云った。
「んん・・・よかった。タータも、ルーイチも、ちゃんといきてる。ぼくを、わすれて」
にっこり笑うとナナタは静かに目蓋を下ろした。
午後の光を瞳の奥いっぱいに閉じ込めて。
細い肩にかかっていたテーブルクロスが芝生の上に舞い落ちる。
羽のある彼はその体を抱え直し、もう機能しない鼓膜にそっと吹き込んだ。
「忘れてなど。忘れないでいても良いんだ、ということに気づいただけです」
羽のある彼はテーブルの上をちらりと見てすべてを知る。
生きてゆくふたりのいた跡。
死んでゆくふたりのいた跡。
「どちらもわるくなさそうですね」
羽のある彼は、思わず笑みを零す。
そうするとガジュマルの下のお茶会は、跡形もなく消え去る。



かなしむことなど何一つない。それでも涙があふれてとめようもないのは、あなたがすでにやさしいからだ。ぼくたちがすでにあいしあっているからだ。そこにはだれの思惑も介在しない。こわがらないで。めばえた気持ちは罪ではないから。かなしまないで。この青い場所で、あなたとぼくは、神のようにあそんで。



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