街灯の下で
見上げると雨は
一粒ずつ輝いている
頬にあたって
拭おうともせず
ただ黙って
きみは
ナイフを
友達に
返しに行こうと思った
+
言葉を知らない少女たちの
頭のなかはいつも
たのしいことや色のことでいっぱい
彼女の柔らかなリボンが
跳ねるたび
大きく揺れて
緑陰の中央へ
次から次へと飛び込んでは笑っている
失われた双眸も
縫われた舌も
そこから先は何も損なわなかった
幾度も振り下ろされる縄は円を描き
女の子たちはすすんで飲み込まれ
れんげの上に足をつく
その輪郭はどうしても光でできている
+
「幸福論」
遠く近い場所で
持ち主にさえもっとも疎んじられる
あなたの脆さを
ぼくは好きだよと
あたりまえに伝えられること
+
真空に求めてはいけない
放課後
いびつに並んだ
異なる机のひとつひとつに
街角
捨てられて風に踊る
黄色い紙切れの一枚一枚に
船底よりもはるか下
眠ったまま沈められて
消える幼い燈火の一灯一灯に
ありふれた
あたりまえの
すりきれた
ごくまともの深くに
ぼくらは物語を
この世界を慕うにも
あるいは厭うにも
見出さなければいけない
美しいものや
素晴らしいもの
刺激あるものや
劇的なもの
そう云われているものや
真空の中には
もうない
それはもうなくなったんだよ
+
「暗夜」
僕はもう
自分の死因が何であるか
分かった気がするんだよ
予見したの、
それともそういう能力、
こういう話はいつも新月の夜だった
一つきりじゃないか、
たったの、
分かる場合なんて、
云い終わるのを待って
投げやりを抱きしめる
思った通りを願うのは
この場合我が儘だろうか
月が隠れたばっかりに
世界であと何人が
日付線を越えられないだろうね
精いっぱいの人道で
譲り去りたくとも
ここでは究極の優しさは示されない
ぼくは今日も死ねない
+
云うに足らない
何も知らない
叙述の無力
始まりはどうだったか
上昇する体温計
少し終わりに近づく錯覚や
とかく数字はぼくを安堵させる
昔から
九九の表
収集されたレシート
国道の番号
牛乳パックの成分表
何をどれだけです
彼らの語るものに嘘が無いということ
同じ、言葉だろうか
人の舌を介すだけで
こうも聞くに堪えない
起床する意識のように自然と
切り落とした後は
巻き貝か
さもなくば断層や年輪のような
平面が風にさらされてリンパを流している
知らない手がシーツを日に三度も取り換えに来る
+
「漂流」
たった一瞬で何が語れるの
何年かかっても誰も何も云えない
痛ましいほどの不在
無言のカタコンベ
骸骨と古書の温度だけ愛しい
水面は生きたものが沈むのをまだ許さない
+
「四行物語」
双子の眼球がそれぞれ
東と西へ出かけて行った
伸びた視神経が地球を分断し
焦点は今も億光年かけて結ばれに出かけてる
+
「ある生徒が不在」
時は過ぎていくものではない
時はただそこにあって
ぼくらが悠然と通り過ぎていった
白い机の表面は
遠くから見るとまるで無傷に見えて
学級の誰もが存在を忘れた
悪気も無く他意も無くごく自然なように
ぶたれた頬の反対を
差し出した男の話を
笑う者さえいなくなって生徒は眠った
強い日を浴びた蔓が壁を這い
真っ青な密室を編み上げてしまうのだった
少年と少女の境界は消え
教師と生徒の境界は消え
水泡の中でぼくらただ嬉しくて優しかった
いったい何がいったい誰を傷つけていたんだろう
靴箱に詰められていたのは何の鳥の羽だったんだろう
裂かれたものは密度の影響を拒まず結ばれてゆくけど
白い机の引き出しから
垂れ下がっていた左の腕の滴る真っ赤な血の
物言わぬ人差し指が何も示さず何も乞わなかったことを
僕らが深く憂えることができるほどに満ちていたのなら
ああ教室も
この空間
青い密室と成り果てたぼくらの空気
この時間
ぼくらを通り過ごさせる時代の輝きは今も
そして死ぬまでもただ鮮やかに蘇っただろうに
+
月は左に陽は右に
同じテーブルの
相対する席
裁断された時間の
中で答弁をする
フォークは豚より
ナイフは牛より
スプーンはミントより遠く
離れていても
意味があるのは
そらせない視線くらいのものだった
光射す庭
見知った
病床に似ている
寝ていたのは誰
見舞ったのは誰と誰あるいは誰
月は西へ
陽は東へ
こうも隔たれた星だから
一つの晩餐は夕焼けに濡れている
月は西へ
陽は東へ
花瓶がわりの水差しに
無色の毒が盛られていた