消えるのを見届ける
少女は云って
ろうそくの前で瞬きを忘れた
聖と邪の行進
光の方位は改められる
色調不明の尖塔
屈折する十字架
視力が不十分な双子を匿うのは
山ほど積まれた人体の落とす影
消えるのを待ってる
とっくに見えぬはずだったが
女児はたしかに云って
ろうそくの前で呼吸を忘れた
闇は光さえ拒まなかった
やがて無風の夜明けだ
+
果てではなく
最中にしか平和は無い
祈る手
踊る血
滑稽な演説
何が原因か白菊なら知る
瞳を滴り
砂地に窪む真相は表裏
影の青い少年
その微笑、そして
人差し指の痙攣
理由のない場所で命を撃ち
かえって平らかを体感する
泣くのはいつも
祖先を思う子孫だった
だから平和は常に
悼む者より悼まれる者に
与えられるほか無かった
+
水滴が空へのぼる
産毛のように震えながら
集合体は青白い
命の惰性が証明される
+
恐れないでいて欲しい
暗号以外で語ろうとする口を
蔑むものに
ただなりゆくその躰を
厭わないでいて欲しい
疑惑に満ちた警戒
新鮮味をたたえた啓蒙
人を不幸にするだけの
指を切って赤い
夕暮れに似ている
それだけでいいのに
おまえは青でぼくは黒
もし溜め息より長く見つめ合えたら
溶け合った瞳は何色になるんだろ
それだけを語ってたい
答えにたどりつかないでたい
鏡のない世界
光のない世界
+
ひからびたデイジー
おまえの正体はかつて何だったの
将校さん
それとも
ねえデイジー
エナメルの海面が地球を覆う
戦場から流れ着いたデイジー
ここも中継というのか
それとも流刑地だと
デイジー
きっと旅の果てさ
もうどこへもいけないさ
おまえに口が無くて本当に良かった
ぼくに耳が無くて本当に
(再会に必要なのは底知れぬ欠如に他ならない)
+
名前のない何かを
大切にしすぎてぼくは何度も溺死した
溢れんばかりの光の中で
なに不自由ない生活で
欲しくないものを乞うて
乞うて乞うて
乞うて、ただ乞うて溺れた
肺胞は葡萄に似ているのだった
生温かな血とその管
裏切る相手も無い夜に
明日へ向けて溺死していくたくさんの雛
まやかしのためだけに卵を産む親鳥たち
それを誘発する乱獲者の群れ
明るく平和な世界
いま手をとってくれ
+
あんまり生々しいと云って
獣は繁みへ帰ってしまい
二度と戻らなかった
食事作法を教えたばかりに
ぼくは再び一人で喋るのか
太陽の位置は今日も同じだ
+
一足ごとに書き留めて
ああ進みやしない
時間以外は
なぜ拒むの
拒むほど気になるものを
捨てると失うは別物だ
拾うように産むように
手放し忘れたとして
得られるものが絶望だけとは限らない
罪の文字さえ知らないなら
人は犬にだって許される
三日月に向かい
遠吠えだってすればいい
+
「赤い尾鰭はサボテンで裂けた」
誇るな、
相槌は静かなその一言だった
金魚鉢でサボテンを育てる男
ぼくはついさっきまで確かに見くびっていた
若さを、
男はさっきに付け足して
付け足した後何かに対しすこし困ったふうに
百年なんかすぐに終わっちまうさ、
金魚鉢に入らなかった金魚、
砂漠に生まれなかったサボテン、
理由、
いたって明白だろう、おばかさん
おとなのくせに
黙って触ればいいのに
波型の口から水はとめどなく零れる
+
「何者」
硝子を通して射し込む日が
また硝子を通して鏡に撥ねさせられる
衛星の軌道が惑星と恒星に並び
人工と神秘の差異はまた不確かになる
迷うことなんかどこにもないのにさ
嵐が東に抜ける夜
禍からも見放された命は繰り返し唱える
星ひとつにさえ届かない暗示が睡魔呼ぶまで
あの光みたいに目の前にちらつく
記憶と憧憬あるいは幻影、見たことの一度もないもの
無限でないこの世でさえ隈なく見晴らせることはない双眸
革命の末の絶望さえ手に入らないそらぞらしさ
大きな揺り籠に過ぎぬ成長しない群衆に他ならぬ
慰められても動きが信じられないのなら
揺り籠は密室と変わらない
悪人がみつからなくて赤い手とあらばついていってしまうよ
歩むほどに分かることは歪ながらに調和のとれた世界ということ
調和であるために歪になる術を知る生き物たちの踏む土の連なり
どこにも隙間が見当たらない
満たされたことなんか一度もないのに
どこにも余白が見いだせない
優しげな母子の姿にぼくはむやみに贖罪の意識を覚える
淡い魂を喰らい容赦なく輝ける夕陽さえ一日の終わりに霞む
いっそ連れ去ってくれよと骸の烏がたった一羽で鳴いている
何が怖いのですか
誰にも聞こえない声であなたがぼくなどに語りかける暁
内側に飼っているのです
指先から咽喉から乾いた目の縁から
赤いが滴る
(密室の主はかような住人をも咎めない)
+
「遠いところに」
視覚と聴覚の一部
あの夏に置いてきたの
すぐそばにある会話の中で
雑踏の孤独で
現実的な味覚の最中にも
今はどこかで常に浸って
海水に血を流し続ける
(海水は気にも留めない)
赤を埋めて
白い砂丘
その先にある
青い水平線
たくさんの赤を
赤を吸って
吸って、
吸って、
吸って、
誰が生まれたでもない
まして死んだでもない
変哲もない光景を
わたしたちのうち誰も
忘れようとはしないでしょう
忘れることはできないでしょう
二十世紀に子供だった
臆するものなど何もない生き物だった
何も知らずにすべてを壊した
気づくことなく何かを救えた
記憶に触れ
眼差しを受け止め
ほとんど無意識のように握りしめた傍らの左手で
+
諦めることで
求めても手を伸ばさないことで
信仰を失わないでいられる
だから探求は野暮だと
学帽の縁の下で母譲りの緑眼が伏せられた
+
「鉄と緑」
ぎんと光る鉄道
どこへ続くかをみんなが知っている
あるいは信じている
辿り着きたがる人間を
乗せた汽車の重みで線路は形を変える
砂利に少しずつ沈み込む
きっと明日は転覆するだろう
きっと明日は脱線するだろう
駅舎が住処の少年
その瞬間のために一時間おきの起床
だが、いまだに
いまだに
太陽がぎんと照らす鉄道
寝ぼけ眼は健気しか持ち合わせない
草の葉は日に百遍も撫でられる
+
「七月」
地上に出て間もない蝉の声が
見えない膜のように世界を覆うころ
こどもは手を伸ばして何かを掴もうとするが
その途中でおとなになってしまい
何かが何だったかを忘れる
+
「百年」
あの日見たような
気のする青い湖を
求めて幻を何度も
ぼくは殺さなくては。
逝く者はみな軽いのではない
かえって重いのだと
セラミックのポニーの口を借りて
幼い神さまが語りかけてくる
重さが足りないのだ
そうか
この星に愛されるような
核の部分が欲しがるような
誰もが一度は煩わしく感じるような
そうだ、
でも、
あの蔓は鬱陶しかった
血はただ高尚に過ぎた
濡れた指先はもう悲しませるだけだった
畔を歩いているのに捜していた湖だという
確信が持てないでもう百年は歩いている
(干乾びることがないのなら
ここはもう水底かも知らないけれど)。