人を傷つけるやり方で表される感情はちっとも美しくなんかない。それを私が分かったのはほんのついさっきのことだ。そこに至る経路も何も見い出せなかった。知らずの内に素通りしてきた景色と言葉がきっと、いつのまにか沈殿していたんだろう。思えばこの手は、手だけは機械のようだ。赤茶色く錆び付いて見えるから。この世界で光はお金を出して手に入れるもの。汚れを確かめるための光なんか誰もみすみす買わない。てさぐりで暗闇で触れた、記憶に無い体温に私はいつも臆病で、名前と云う記号を取り交わす前に、この手はとっくにその温度を略奪していた。地平線も分からぬ。水平線も見えぬ。孤独に耐えたご褒美のように流れる彗星だけが、私がまだ銀河に放り出されていないことを教える。この背の裏にあるほうが地面なのだと教える。だけどそれも単なる希望に過ぎないかもしれない。彗星なんか横切っていないかもしれない。私が見たと思ったものはただの、遠くの咆哮が視覚化されて煌めいた残像。もう何年と鏡を見ていない。明日もし世界がまっしろになったらどうしよう。奪われた光が戻ってしまったのなら私は果たしてどうできよう。暗闇に慣れた肢体。信号を発信する声帯が砂漠の土のように枯れた今。切れ味の落ちはじめたナイフが最後に貫く心臓の持ち主は、この私以外の誰であってもいけない。
+
「歌詞の無いレクイエム」
ちいさな浜辺
さんかくの屋根
こどもがひとり
あれをみつけた
こどもがひとり
打ち上げられて
こどもはひとり
白骨だった
こどもはひとり
浜辺に降りて
こどもをひとり
ひとり拾った
なんというの
この
かたくて白いのは
二つのあなぼこは
なに
こどもは誰かに
訊ねたかった
だけど今晩だけは
ぼくだけの秘密のまま
一緒に眠ろう
こどもがひとり
ひとりに囁きかけた
ちっぽけな死因
どんな惨劇もあの浜辺じゃ
外国語のラベルよりずっと
簡単にはがされちゃうんだ
+
見たこともないのに
名前だけ知ってる
そんなものが
あまりに多くて
ぼくらは孤独を
ほんのすこし誤解する
一年が過ぎて
十年が過ぎて
やがて百年が過ぎて
きみたちはもうわからなくなる
いったいぼくらほんとうに
ひとりじゃなくてふたりだったのか?
もういちど産まれたなら分かる
新しい母胎をさがしている
明るすぎる宇宙の中を
時に暗い海の底を
血の流れをさがして
脈を求めて
いつか再び
結ばれ合った
+
「ことりこたち」
たかい塀を越えて
ひくい柵を過ぎて
ぼくらはずっとずっと
らくがきのとりこたち
好きなミミを書いて
好きなツメを描いて
好きなハネを背にして
見合うだけの罰も負おう
教室であたらない
銃弾はあたらない
思いつきはあたらない
クレヨンとチョークは減らない
おとなは知らない
赤ちゃんにも見えない
ある年齢のある季節が
たまたま繰り返されるぼくたち
きみじゃない永遠の虜
いねむりしたって終わりのないらくがき
いつか地球を何周もして
こんな星は毛糸玉にしちゃうんだから
+
「銀河と二人の方程式」
その腕が無ければ
ぼくはどこまでも星だった
果てを知りもしないで
星でない自分を想像もできないで
制約がすべてに意味を付与する
解き放たれることの途方もないさみしさを
きみに受け止められて初めて知ったよ
光年を越えて
群衆の中からその手を探し出す
いつかもう一度握り締める
それは
宇宙を漂う彗星が惑星に落下する奇跡に等しい
出会ったら質問する
その答えを導き出すことになんら理由はいらないって
暗号のようにきみならば答えるでしょう
+
「視察」
そんなにかなしいかな
落日って
いっそ都合がいいよ
残数をわかっていたほうが
あなたは何を失くして
なぜそんなふうの泣くの
どれだけ守って
どれだけ捨てればいいか
いつまで持ってなくちゃいけなくて
いつからなら知らんぷりできるか
それくらいなら分かるよ
それだけ分かればじゅうぶんだよ
必要な絆創膏の枚数
ガーゼの広さ
だてに余らせたりしないもの
自分が何かもわからない
愛が無いからといって
生き残ることもできない
あなたは文字が書けるけど
あなたはときどきかわいそうだ
+
「ぼくのいい子」
想像して
今日は明日より綺麗
どうしてって
今日は最後から二番目だから
嘘だってかまわない
確かめるためにきみは明日まで死なないでしょ
飲み込んだ?
想像して
いまきみの口から出てきたスプーン
さっきまでそこにのっていたものは致死量だよ
+
「楽園の作り方」
だいじょうぶ
ちゃんと息を吸って
とめないで
分け入って
繁みを
棘もあるけど
血は舐めるよ
振り返ってはだめ
塔の上に
とじこめた魔女が
まだ僕らを呪ってる
一瞬でもあきらめたら
悪い魔法が届いて
あの部屋に連れ戻されるよ
考えていいのは
海辺のパラソル
水平線に浮かぶ島々
反射して僕の顔に遊ぶ
銀の食器
だいじょうぶ
ちゃんと息を吐いて
とめないで
もし仮に仕損じても
なんて考えないで
思った通りに
世界はなるんだ
+
自分にとって都合の悪いものだけしか信じない
絶望に陥りたがり
もがきたがる
それってつまり
見上げていたいんだろう
誰の上にも空があるって分かりたいんだ
見下ろされているということ
諦めは許しに似ている
淀み続ける濁流にのまれて
おかげでどこかの清流が守られたと頑なに信じたくて
だけど
嘘だって
こころの
どこかでは
わかって
いながら
地上最後の都市が滅ぶとき
助け合ったひとびとは数えるほどしかいなかった
そのほか多くのそれ以外は
美しくないものへ向かってすでに歩き出していた
+
「悪趣味」
待ってる
見離されて
きみがぼろぼろになるのを
かじられた
発泡スチロール
白い破片が髪に付着している
澄ましてる
嘲笑が
泣き声に変わるときを待って
耳が
知らない
きみは
ぼくがこんなにも辛抱強いのを
知らなかったでしょう
ぼくは
望んで手に入れなかったものは何もないんだ