翌日、校庭の桜は緑の葉を付けていた。
「うわ、おいしそう」
隣を歩くリクが不可解な感想を述べる。
「そうか?」
「ほら、ああいう和菓子、売ってあるじゃん。スーパーのパンコーナーの横とかに」
あったようななかったような。
適当に「そうだったかな」と答えておいた。
「アサトくん、今朝もバイトだった?」
リクの言葉におれの足が止まりそうになる。
不覚。
まさか、気づいてた?
いや、それはないない。
バイトをしていることじゃない。
おれが今朝、寝ているリクにやったこと。
あまり沈黙が続いても気まずくなると思い、おれは平然を装って「うん。それが」と、別の方に気を取られたように目を逸らす。
「……起こしてくれて、ありがとう」
余所見をしていたらいつの間にかリクの顔が近くて驚いた。
おれはうっかり柔らかそうな茶色いその髪に手を伸ばしてしまう。ちょうど頭にくっついていた白い花びらを取ってやる。
「お前さあ、天然?」
リクは髪のことだと思ったらしく「アサトくんの髪は黒くてさらさらだからくっつかないね」と見上げてくる。
まあ、いいか。
おれは再びポケットに手を入れた。
「……他の奴には云うなよ」
「うん?」
「だから、起こし方だよ」
「うん?」
「あれは、」
「“我が家の”だもんね」
へらっと笑うリクを見ていると心配になってくる。こいつ常に見張ってないと誰かにぽろっと漏らしそうだ。
「何が我が家のだって?」
来た。
後ろから追いついてきたのはバスケ部の生徒だ。おれは「何でも」と歩く速度を速めるが無意味だった。リクが捕まっている。
「おはよう、リク。風邪は?」
「もう治ったんだよ」
「そうか。なら良かった。リクがいないとなんか寂しくってさ。皆、心配してたぜ」
背後から聞こえてくる会話におれは聞き耳を立てる。
「昨日はアサトくんと寝たんだ」
リクの自慢げな声が聞こえる。
おれは振り返ると数歩戻ってリクの肘を掴んだ。
「早くしないと遅刻するから」。
戸惑うリクを引っ張りながら靴箱へ向かう。
「アサトくん、どうしたの」
「お前が何か漏らしそうで恐い」
「ぼく朝ちゃんとトイレ行ったよ」
「そうじゃなくて」、靴箱の前でおれはようやくリクの肘を離した。
立ち止まると登校してくる生徒達と体がぶつかる。
クラスメイトがリクの登校に気づいて声を掛けて行った。一人一人にリクが笑顔を振りまく。
「……リク」
ようやくおれに向き直ったリクが「うん」と首を傾げた後、「ああ」と笑顔になった。この一瞬で何が分かったんだ。今お前の頭の中で何がどう解決されたんだ。
訊ねたくなる欲求を押し殺し、次の言葉を待つ。
春の空を背景にした茶色の瞳に吸い込まれそうになる。
「大丈夫、アサトくんが一番だから」。
おれは頭を抱えてその場にうずくまりたくなる気持を堪え、傍らの靴箱に手を添えるに留める。
「本当だよ」。
リクが繰り返す。
分かってる。
中学生になってもくまのぬいぐるみを手離せないこいつより、こいつを手離せないおれの方が重症かも知れない。
分かってる。
でも。
そんな秘密、知りたくなかった。
100403